自分宛ての献辞
古書喫茶「活字鳥」の棚で、鯨井巴は一冊の随筆集を抜いた。
昭和五十年代の無名に近い作家の本で、表紙には珈琲の輪染みがある。見返しには万年筆で「美佐江さんへ。あなたが最初に読んでくれた本」と書かれていたが、名前は何度も黒く塗りつぶされていた。その下へ、別の筆圧で小さく書き足されている。
「私へ。最後まで書いた人より」
巴は、その一行を指でなぞらずに見つめた。
彼女は広告会社で、社長名義のコラムを書いている。文章を考えるのも、取材をするのも巴だが、掲載される名前はいつも別人だった。今朝、報酬を上げる代わりに来年度も続けてほしいと言われた。悪い条件ではない。名前が出ないことさえ気にしなければ、安定した仕事だった。
一方で、女性向けウェブ誌からは、以前送った企画案について「本人名義で連載を検討したい」と連絡が来ている。返事は今夜まで。社内に知られれば、出しゃばっていると思われるかもしれない。自分の名前で出して読まれなければ、言い訳もできない。
閉店十五分前、店には巴しかいなかった。店主は選曲を変え、歌のない古いピアノ曲を流した。歌詞がないぶん、店内のページをめくる音がよく聞こえた。
会計で本を差し出すと、店主は黒く消された献辞を見つけた。値下げの理由になる傷か確かめるように光へ透かし、それから透明な薄紙を見返しへ一枚だけ重ねた。文字を隠すためではない。黒いインクが向かいの頁へ移らないようにするためだった。
包みの宛名を尋ねられ、巴は反射的に会社名を答えかけた。経費にはできない本だと気づき、自分の名前を言う。
店主は「鯨井巴様」と、領収書へ一画ずつ丁寧に書いた。聞き返しも、字の説明も求めなかった。
巴はその文字を見ながら、ウェブ誌への返信欄を開いた。
「本人名義でお願いします」
送信してから、社長コラムの継続依頼には、「今期で担当を終えます」と返した。画面へ表示された自分の署名を、今度は消さずに残した。
包装紙の中では、消された誰かの名前と、新しく書かれた自分宛ての献辞が、薄紙一枚を隔てて残っていた。