舟を結ぶ青杭
洪水で上流の葦舟村が流され、三十艘の小舟が河口町へ押し寄せた。
避難民には家より先に舟が必要だった。舟を失えば、明日の飯を失う。
だが河口町の桟橋は二十隻分しかない。
「余所者に場所を渡せば、俺たちが漁に出られん」
漁師頭の怒声が飛んだ。
領主代理ガルドは、桟橋の中央に大きな水時計を置いた。
「夜明け前に札を引く。午前と午後、それぞれ十枠。町の舟も葦舟村の舟も同じ箱だ。病人を運ぶ一枠だけは常に空ける」
「運の悪い日は稼げないぞ」
「岸釣り場と干し網場は無料で開く。漁獲は最初の一籠まで無税。二籠目から十分の一を桟橋修繕に回す。札、漁獲、徴収分はこの板に残す」
規則は短く、数字は誰にも消せないよう石板へ刻まれた。抽選桶は底まで見える硝子製で、札には舟主の名ではなく番号だけを刻む。ガルド自身の役船も特別枠を持たず、必要な日は同じ桶から引くと明記した。
仮の係留場所には、先着順で縄を結ばせなかった。夜のうちに潮で舟がぶつからぬよう、町と避難民から一人ずつ潮番を選び、二人の署名がなければ配置を変えられない仕組みにした。
翌朝、最初のくじで外れたのはガルドではなく、漁師頭だった。彼は顔を真っ赤にしたが、葦舟村の老女が当たり札を差し出した。
「孫が熱を出した。今日は舟を出せん。あんたが使いな」
「規則違反だろう」
ガルドは首を振る。
「譲渡欄に二人で印を押せばいい。それも最初から書いてある」
漁師頭は黙って印を押した。
その日の午後、葦舟村の船大工たちは流木を選び、桟橋の外側へ杭を打ち始めた。老女の舟を使った漁師頭は、戻るなり獲れた魚の二籠目を修繕箱へ入れた。命じられてはいない。二籠目の魚を納めた町の漁師たちも、金槌を持って加わった。
三日で、係留枠は二十から二十八へ増えた。
完成祝いの酒樽はなかった。代わりに漁師頭が青い塗料を持ち出し、新しい杭を一本ずつ塗った。
夕暮れ、町の黒い舟と避難民の葦舟が、同じ青杭に交互に結ばれた。
水面で二種類の船影が揺れたとき、桟橋の利用板に初めて「空き一枠」と書かれた。