花粉のついた毛布

夜間動物診療の電話受付で、百瀬ひばりが最後の保留ランプを消したのは午前五時四十分だった。診療終了まで二十分。記録を閉じた直後、もう一度だけ着信音が鳴った。

「猫が一回吐いただけなんですけど、朝まで待っても平気でしょうか」

若い女性の声だった。今夜は重症の電話が続き、獣医師も看護師も処置室から戻っていない。隣の新人は、嘔吐一回、意識あり、歩行可と入力し、〈通常診療を案内〉へカーソルを置いた。

ひばりは、机の端に送られてきた猫の写真を拡大した。白い毛布の上に、黄色い粉が点々と付いている。奥の花瓶には、反り返った花びらと長い雄しべが見えた。

「今日、お花が届きませんでしたか」

電話の向こうで紙が擦れた。

「母の誕生日で、ユリの花束を。猫が少しかじったかもしれません」

ひばりは案内の区分を緊急へ変え、獣医師へ内線をつないだ。来院経路と受け入れ時刻を確認し、受付票の先頭に写真を添付する。新人には、症状の回数だけでなく、直前に食べた物や触れた物を聞く欄を開くよう頼んだ。

「一回なら軽いと思いました」

「回数は入口。原因を聞くまで閉じないで」

二十分後、猫を抱えた女性が駆け込んできた。処置室の扉が閉まり、獣医師が振り返って短くうなずいた。早く気づけた、と言葉にしない合図だった。受付台には花束の包み紙が残り、甘い匂いだけが、電話で聞いた「一回」の軽さと釣り合わずに漂っていた。

夜勤明け、ひばりは問い合わせ記録から写真の黄色い点を切り出し、個人情報を消したうえで、受付用の事例集へ追加した。〈吐いた回数〉の下には、新しく〈植物・薬・洗剤・人の食べ物への接触〉という確認欄を作った。

机の引き出しには、動物看護の夜間課程の資料が入っていた。受付のままでも、役に立てる瞬間はある。けれど、電話の先で見つけたものを、扉の向こうまで追える仕事がしたかった。

ひばりは来月の希望勤務表から火曜の夜勤を一つ外し、その時間にある学校説明会を予約した。