若返った夫の敬語
針生幹久は七十三歳で死に、二十九歳の予備肉体で目を覚ました。
記憶移植は成功した。妻の紫津乃と暮らした四十八年も、孫の誕生日も、昨夜までの膝の痛みも覚えている。なのに新しい喉から出た最初の言葉は、
「お世話になります」
だった。
七十一歳の紫津乃は笑ったが、幹久には笑えなかった。
鏡の男は、結婚写真の自分より若い。介護士は彼を息子と間違え、レストランでは紫津乃の付き添い扱いをした。腕を組めば視線が刺さる。幹久はだんだん外出を避け、家でも妻を「紫津乃さん」と呼ぶようになった。
若返り会社は夫婦割引を勧めた。
「奥様も同年代の肉体へ移れば、生活満足度は九十二パーセント上昇します」
紫津乃は断った。
「私はこの手で、あなたの子を抱いたの。このしわを交換する気はないわ」
「僕だけ若いのは、ずるいだろう」
「ずるいんじゃなくて、寂しいのよ。あなたが私を見て、先に老いた人みたいな顔をするから」
紫津乃は古い写真帳を開いた。どの写真でも、二人の年齢差は同じだった。若返った瞬間から幹久だけが、その写真の外へ逃げたように見えた。
幹久はその夜、古い箪笥から彼女の眼鏡を探した。紫津乃は夜になると見えにくくなり、何度も置き場所を忘れる。昔の彼なら、言われる前に差し出していた。
新しい体は疲れず、忘れず、先回りできるはずだった。それでも彼は、自分の若さを恥じることに忙しく、妻の小さな不自由を見落としていた。
翌朝、幹久は市役所へ行き、年齢表示の変更を申請した。肉体年齢ではなく、生存年数を公的プロフィールに出す制度だ。窓口AIは「社会的不利益が予測されます」と警告した。
「構わない。私は七十三歳だ」
それから幹久は紫津乃と手をつないで歩いた。若者と老女ではなく、同じ年月を渡ってきた夫婦だと、自分から名乗った。
紫津乃が八十六歳で亡くなったあとも、幹久の体はまだ四十代だった。彼は再更新をしなかった。
毎朝、妻の眼鏡を窓辺に置き、「おはよう」と呼びかけた。敬語ではなく、四十八年かけて馴染んだ声で。