薄桃色のワンピース
引っ越し箱の底から、薄桃色のワンピースが出てきた。
綾芽が二十歳の祝いに母から着せられ、その三年後、妹の依都が同じ祝いで着た服だ。
「お姉ちゃんは肩が張って見えたけど、依都には似合う」
写真を撮るたび母が言ったので、綾芽はその服を嫌いになり、依都は好きだと言えなくなった。
今日は実家を売る前の荷造りで、母は不在だった。姉妹に任せると言いながら、捨ててよい物には赤い付箋、残す物には青い付箋を貼っている。ワンピースには、青が二枚重なっていた。
依都がハンガーごと持ち上げた。
「これ、綾芽が持つ?」
「どうして私?」
「最初に着たから」
「依都のほうが似合ったんでしょ」
口にしてから、母の声に似たと思った。
依都はワンピースを箱の上へ置いた。
「その言い方、まだ持ってるんだね」
「服の話?」
「ううん。お母さんの採点表」
窓の外で回収車の音がした。今日中に不要品を玄関へ出さなければならない。
綾芽はスカート部分を広げた。小さな染みが二つある。自分がこぼした紅茶か、依都のファンデーションか、もう分からない。
「私、これ好きだった」
依都が言った。
綾芽は思わず顔を上げる。
「でも着ると、綾芽に勝ったみたいで嫌だった。勝ってないのに」
「私も負けたみたいで嫌だった」
二人とも笑わなかった。ただ、長く息を吐いた。
綾芽は青い付箋を剥がした。一枚目には母の字で「姉妹の思い出」、二枚目には「依都によく似合った」とある。
依都が裁縫箱から糸切りばさみを持ってきた。
「切る?」
「服を?」
「名前のタグだけ」
襟元の内側には、母が縫いつけた布片があった。最初は「綾芽」、その上から「依都」と刺繍されている。古い名前を隠すように、新しい糸が何度も往復していた。
綾芽が布をつまみ、依都が糸を切った。二人の名前が、服から同時に外れた。
ワンピースは古着の箱へ入れた。思い出の箱でも、どちらかの箱でもない。
依都が赤い付箋に「譲ります」と書く。
綾芽はその下へ、「比べずに着てくれる人へ」とは書かなかった。説明しなくてもいいと思った。
玄関まで箱を運び、二人で床に下ろす。
薄桃色の裾が一瞬だけふくらみ、すぐ箱の中へ静かに収まった。