血染めの手袋

洗濯塔の窓から月が入る夜、カルディナは桶の底に沈んだ白手袋を見つけた。

絹は手首まで黒い血に染まっていた。持ち主は第一王女。夕刻、庭園で襲われ、眠ったままだと聞いた。

月の光を溜めた水で血を落とせば、傷は衣の持ち主から洗い手へ移る。それが洗濯塔で最初に教わる禁じ事だった。

「燃やしなさい」

老いた洗濯頭は言った。王女の傷は剣が掌を貫いたものだ。移せば、カルディナの右手は二度と針を持てないかもしれない。下手をすれば血が止まらない。

桶のそばには、昼に届いた採用状が畳んである。城下の仕立屋が、春から彼女を職人として迎えると記した紙だ。八年、誰にも見えない染みを落としながら、夜ごと端布に刺繍を続けてきた。明日、退職を願い出るつもりだった。

第一王女とは三度しか話していない。

一度目は、袖口の泥を落とした礼。二度目は、婚礼衣装の仮縫いで、カルディナの刺した小花を見つけたとき。

三度目は先月、王女が仕立屋の推薦状へ署名した日だった。

「あなたの手は、汚れを消すだけでは惜しいわ」

そう言って、インクの乾かぬ紙を両手で渡してくれた。侍女の夢を笑わず、王家の印まで貸してくれた人は、いま同じ手を失いかけている。

塔の下で馬車が止まった。侍医の声がする。

「夜明けまでは、もたない」

老いた洗濯頭がカルディナの肩を掴んだ。

「恩は、腕一本で返すものじゃない」

「分かっています」

カルディナは採用状を桶から遠ざけた。紙が濡れないよう、いちばん高い棚へ置く。その慎重さがおかしくて、少し笑った。

月水へ石鹸を溶かし、白手袋を握る。黒い血が糸の間から煙のようにほどけた。掌に鋭い熱が走る。次いで、手の甲まで赤い裂け目が開いた。

塔の下から、誰かが叫んだ。

「王女殿下が目を開けた!」

カルディナの右手から、桶へ血が落ちた。指先はもう動かない。

棚の採用状が月明かりに白く浮かんでいる。彼女は左手を伸ばし、署名の下にある「刺繍職人」の四文字を、ゆっくりとなぞった。