表向きの裏切り者
四方田慧は、黒い役職札を額に貼った。
〈裏切り者〉
早乙女理世が椅子を蹴って立ち、荒巻景吾は反射的に投票端末へ手を伸ばした。名越冴だけが、慧の顔と札を交互に見た。
「見せていいの?」と冴が訊く。
「禁止されていない」
規則は簡潔だった。
〈五分後、裏切り者へ投票していた者を解放する〉
四人には伏せた役職札が配られ、一人だけが裏切り者。主催者は説明の最後に、「裏切り者には秘密の報酬があります」と付け加えた。慧の札の裏には、正体を隠し通せば単独で生還できる、と金文字で書かれていた。
しかしそれは規則ではない。主催者から慧への提案にすぎなかった。
慧は札の角を押さえ、剥がれないよう額を上げた。自分の端末で自分を選ぶ。理世、景吾、冴も続く。四票が同じ名前へ並ぶ。
『役職情報の公開は、ゲーム性を著しく損ないます』
「ゲーム性は勝利条件じゃない」と慧は答えた。
『裏切り者が自ら投票するのは不自然です』
「自分へ投票するなとも書いてない」
残り二分。主催者は慧を揺さぶるように、秘密報酬の映像を壁へ映した。白い出口、現金、家族の解放。慧が札を隠せば、他の三人は再び疑い始めるだろう。
理世が低い声で言った。
「今ならまだ、一人で出られるぞ」
「一人で出るために三人を売ったら、本当の意味でも裏切り者になる」
慧は札を貼ったまま、椅子へ座った。
ゼロ。
〈裏切り者、四方田慧〉
〈同人物への投票、四票〉
〈投票者四名を解放〉
四つの首輪が同時に外れた。
景吾が笑い出す。冴は慧の額から札を剥がし、床へ投げた。理世だけは、しばらく秘密報酬の映像を見つめていた。
『裏切り者が協力するとは想定していない』
「そこが穴だよ」と慧は言った。「役割と人格を同じものだと思った」
四人が並んで出口をくぐると、黒い札だけが部屋に残った。裏切り者という文字は、もう誰の額にも貼られていなかった。