裏返しの鍔

兵具蔵の土間に、二振りの刀が置かれていた。

どちらも同じ長さ、同じ黒鞘。違うのは鍔だけだった。一方は鉄の地肌、もう一方は裏に煤が塗られている。

「煤の鍔は刃を落としてある」

城代代理が言った。

「勝ちたい方を取れ。運も腕のうちだ」

早岐十蔵と久世綱平は、黙って刀を見た。二人とも仕える家を失い、今夜の夜襲に雇われに来た。案内役は一人で足りる。城代は余った一人を飯で養う気がなかった。

十蔵と綱平は、半年前まで同じ傭兵小屋で眠っていた。綱平は腕が立ち、十蔵は道を読む。二人そろえば仕事になったが、城側は二人分の口を嫌った。夜襲の抜け道は崩れかけ、案内を誤れば三百人が谷へ落ちる。それでも給金は一人分だった。

綱平が先に、煤のない刀を取った。

十蔵は煤の鍔を腰へ差した。綱平の口元に、勝った者だけが浮かべる薄い笑いが出た。

だが十蔵は、土間の埃を見ていた。煤のない刀の下には、丸い跡が二重に残っている。誰かが一度持ち上げ、鍔を裏返して戻した跡だ。城代代理は、運を試したのではない。騙される方を見ていた。さらに煤の匂いが新しい。鍔だけを火鉢へかざし、急いで印を作ったのだ。刀を選ばせる芝居そのものが、二人の目を値踏みする試験だった。綱平も同じ埃を見たはずだったが、良い刀を欲しがる心の方が先に答えを出した。

「始め」

声と同時に綱平が踏み込んだ。速い。肩から袈裟に刃が落ちる。

十蔵は避けなかった。左腕を上げ、薄い籠手で受けた。鈍い衝撃だけが骨へ通り、血は出ない。綱平は斬った手応えのなさに、ほんの一瞬、自分の刃を見た。

刃引きだった。

十蔵はその一瞬で抜いた。煤を塗られた鍔の向こうから、研ぎ澄まされた刃が出た。切っ先は綱平の喉皮一枚で止まった。

「見抜いていたなら、なぜ腕で受けた」

綱平が息を殺して聞いた。

「城代にも見せるためだ。俺が運で残ったと思われると、給金を値切られる」

十蔵は刀を納めた。煤が親指についた。

代理は笑わなかった。刃引きの刀を取り上げ、奥へ合図した。

夜襲隊を出す裏門が、重い音を立てて開いた。