西日に透ける答案
帆足史佳は、放課後の教室で自分の答案を他人に採点されるのが嫌いだった。
数学の補習は、解き直した小テストを隣同士で交換し、赤ペンで丸をつける決まりだった。史佳の隣は、いつも学年一位の男子。答案を渡すたび、間違いより字の癖まで見られている気がした。
その日、先生は職員会議で来なかった。
黒板には「各自で採点して提出」とだけある。教室には二人しか残らず、西日が机を斜めに切っていた。
「交換する?」
男子が赤ペンを回した。
「自分でやる」
「不正するかも」
「しない」
「帆足、前回マイナスを見落として二点多くした」
「覚えてるの?」
「俺が採点したから」
仕方なく答案を渡す。
紙の上を赤ペンが進む音は、鉛筆よりずっと自信がある。史佳は相手の答案を開き、最初の頁から丸をつけた。
最後の問題だけ、空欄だった。
難問ではない。彼なら解けるはずだった。史佳は赤い線で大きく斜線を引こうとして、止めた。
「ここ、何で書いてないの」
「時間切れ」
「嘘」
「証明できる?」
「途中式が裏にある」
答案を返すと、彼は少し驚いた顔をした。裏面には、薄い鉛筆で何度も式を消した跡がある。最後まで答えに届かなかったらしい。
「学年一位でも、わからないんだ」
「悪かったな」
「悪いとは言ってない」
史佳は斜線ではなく、小さく『続き』と書いた。
「採点になってない」
「先生いないから」
「帆足のここも」
彼が史佳の答案を指す。三問目、答えは合っているのに丸がついていない。
「途中式が飛びすぎ。偶然かもしれない」
「合ってるなら丸でしょ」
「じゃあ証明して」
「今?」
「放課後、暇だし」
二人は黒板の前へ並んだ。
史佳が三問目の途中式を書き、彼が最後の問題を解く。互いに詰まるたび、相手のチョークが続きを足した。
西日が強くなり、答案を持ち上げると赤い丸が紙の裏まで透けた。
結局、最後の問題は二人でも解けなかった。
提出用の答案には、空欄の横に赤字でこう書いた。
『二名で継続中』
翌朝、先生はそこへ大きな丸をつけた。
史佳が覚えているのは、その丸ではない。誰にも見せたくなかった間違いを机の真ん中へ置いたら、競争相手が初めて隣へ座った、あの西日の色だった。