見回りの先生は三分遅い
十時十八分。男子部屋の作戦会議では、それが見回りの時刻だった。
昼間、旅行委員の岳斗が先生の予定表を偶然見たらしい。だから十時十五分に部屋を出て、突き当たりの自動販売機まで行き、十時十七分に戻れば絶対に見つからない。
「で、何しに行くんだよ」
誰かが聞くと、岳斗はポケットから白いヘアクリップを出した。
「バスで拾った。返すだけ」
女子の落とし物を、消灯後に、わざわざ。全員が黙ってから、同時ににやけた。
朝、持ち主らしい女子はバスの座席まで来て、「白いの、落ちてなかった?」と聞いた。岳斗はポケットに入れたまま、なぜか「知らない」と答えた。それから一日、寺でも昼食でも、返す練習だけしていた。返してしまえば口実がなくなることに、本人だけが気づいていなかった。
布団を丸め、枕を載せ、浴衣をかぶせる。遠目なら寝ている人間に見えなくもない身代わりが完成した。岳斗はジャージの上着を羽織り、戸に手をかけた。
「明日でよくない?」
僕が言うと、彼は少しだけ困った顔をした。
「明日だと、ただの落とし物になるだろ」
意味は分からなかったが、意味が分からないふりをするのが友情だと思った。僕たちは彼を廊下へ押し出した。
十時十八分。先生は来なかった。
十時十九分。まだ来ない。
十時二十一分。廊下の角から先生が現れ、身代わりの枕を一目で見抜いた。
「一名足りないな」
誰も答えられなかった。先生は腕時計を見て、ため息をつく。
「見回りが三分遅れた。困ったものだ」
そう言いながら、なぜか戸を閉めた。
数分後、岳斗が戻ってきた。顔が赤く、手にはさっきと同じヘアクリップがある。
「返せなかったのか?」
「違う。あれ、あいつのじゃなかった」
僕たちが首をかしげると、岳斗は畳へ座り込んだ。
「『会う理由が必要だったから、昨日わざと落とした』って」
部屋が爆発したように騒がしくなった。その瞬間、戸の外から先生の声がした。
「三分間は終わりだ。今度こそ寝ろ」
先生の足音は、来たときより少しだけ軽かった。