試作品B17

試作品B17が初めて規格を通った朝、樫尾卓己課長は私の報告書から作成者名を消した。

「顧客は肩書で安心する。椎葉颯真の名前じゃ弱い」

私が抗議すると、樫尾は量産班から外すと告げ、実験ノートまで自席の金庫へ移した。昇格査定には、すでに自分の単独成果として提出したらしい。

その日の共同開発会議で、樫尾はB17を掲げ、自分が材料配合を一から見直したと話した。霧島マイクロの役員たちは黙って聞いている。私は末席で、量産条件の資料を配った。

質疑に入ると、先方の技術本部長、薬師寺瑠偉が尋ねた。

「B16では低温時にだけ亀裂が出た。B17で消えた理由は?」

樫尾は即答した。

「樹脂の比率を最適化しました」

「何パーセントから何パーセントへ?」

「そこは企業秘密です」

同じ会社同士の共同開発に、企業秘密という答えはない。薬師寺の眉がわずかに動いた。

私は許可を待たず口を開いた。配合比は変えていない。硬化炉の昇温速度を二段階にし、内部応力が逃げる三分間を作ったのだと説明した。B17の番号は十七番目の配合ではなく、十七回目の焼成条件を意味していた。

「余計な補足をするな」

樫尾が小声で言った。

薬師寺は机の下から透明な袋を出した。中には、私が夜中に送った手書きの温度曲線が入っていた。

「この線を見て、弊社は量産投資を決めた。樫尾さん、あなたは先週までB17を廃棄しろと言っていましたね」

樫尾の顔から血の気が引いた。誰が伝えた、と目だけで私を責める。

薬師寺は当社社長へ、更新契約書を開いて見せた。年間発注額はこれまでの四倍だった。

「私たちが組んでいるのは椎葉さんです。椎葉さんが責任者でない限り、この契約は発効しません」

社長はすぐ人事部長を呼び、会議室の前で辞令案を書かせた。

「本日付で椎葉を開発室長にする。樫尾君は技術説明から外れてくれ」

薬師寺が契約書の責任者欄に私の名を記した瞬間、樫尾の報告書に残っていた唯一の名前が、何の価値も持たなくなった。