読点ひとつの終戦
「文章へ読点を一つ置けるだけ? 書記の真似事にもならぬ」
魔術士官試験で、ガルセトは無能と判定された。
【能力:《一拍置き》――聞こえた一つの詠唱へ、一日に一度だけ意味を区切る短い間を加える】
音を消すことも言葉を変えることもできない。彼は軍楽隊の譜面係へ追いやられた。
国境戦の最終日、敵の大司祭が天空門を開いた。
詠唱は「星を喰らう竜よ王都を焼け」と続く一息の古語だった。空には黒い竜影が現れ、王都の方角へ首を向ける。聖槍公ミレイザが術者を討とうとしたが、天空門の結界に弾かれた。
古語の呪文は、切れ目の位置で命令対象が変わる。
ガルセトは譜面庫で、同じ文が葬送歌にも使われることを知っていた。そこでは「星を喰らう竜よ、王都を焼け」ではない。
「星を喰らう、竜よ王都を焼け」でもない。
最初の三語を呼びかけではなく、目的語として区切る形がある。
大司祭が二度目の詠唱を始める。竜影へ完全な身体を与えるためだ。
「星を喰らう竜よ王都を焼け」
ガルセトは《一拍置き》を使った。
間が落ちたのは、「竜よ」のあとではなかった。
――星を喰らう竜よ王都を、焼け。
古語で「王都」は都市名ではなく、「王の敵が集う陣」を意味する呼称でもある。読点によって「王都を焼け」は一つの地名ではなく、「王都と呼ばれる場所を焼け」という照応になり、その場で王を名乗っていた大司祭の本陣が対象へ変わった。
黒竜は王都から顔を背けた。
天空門の真下、敵軍中央へ炎が落ちる。祭壇も軍旗も一息で燃え、大司祭は詠唱を続けられない。門が閉じ、竜影も煙へ戻った。
敵兵は指揮を失い、燃える祭壇から離れて次々に武器を捨て、白旗を上げた。
試験官が「たまたま古語に別義があった」と言う。
ミレイザは聖槍の石突きで、男の譜面台を倒した。
「同じ言葉で戦争も終戦も命じられる。違いは一拍だ」
聖槍公はガルセトへ軍令譜の金環を渡す。
「次に国を焼く命令が響いたら、どこで息をさせるかはおまえが決めろ」