謝らない天国便
墓地の端に、白い郵便箱が立っていた。
亡くなった人へ手紙を出せる。ただし本文に「ごめん」と一度でも書けば、翌朝そのまま戻ってくる。
息子を事故で亡くした母は、何通も返された。
「最後の電話に出なくてごめん」
「雨の日に迎えへ行かなくてごめん」
「あなたより先に寝てしまってごめん」
白い箱は、謝罪だけを几帳面に突き返した。
母は腹を立てた。
謝りたいことしかないのに、それを書けないなら何を送ればよいのか。
命日の前夜、便箋へ日常を書いた。
「冷蔵庫が壊れました。
あなたの部屋の窓は、まだ立て付けが悪いです。
商店街のパン屋が閉まりました。
あなたが嫌った犬は、今では私を見ると尻尾を振ります」
最後に、
「今日はカレーを作りました。あなたの分はありません」
と書いた。
翌朝、封筒は戻ってこなかった。
夕方、郵便箱の中に薄い葉書が一枚ある。
息子の乱れた字で、
「玉葱は大きく切って。
謝ってばかりだと、話が進まない」
母は墓前で笑い、すぐ泣いた。
それから毎週、謝罪を抜いた手紙を書いた。
難しかった。
「あなたがいないから寂しい」は書けても、「いない夜に眠れてしまう」は書きにくい。
「写真を片づけた」は、裏切りのように感じた。
それでも送った。
返事は毎回ではない。
来ても短い。
「犬の名、まだ変」
「部屋は貸していい」
「カレーの写真、暗い」
ある日、母は息子の部屋を、町へ来た学生へ貸すことにした。
契約前夜、手紙へ、
「あなたの机を処分します」
と書いた。
続けて、
「許して」と書きかけ、紙を破った。
新しい便箋へ書き直す。
「机は、使いたい人へ譲ります。
私は寂しいです。
でも、空のまま守るのに疲れました」
返事は来なかった。
母は不安なまま机を運び出した。
学生は傷の多い天板を見て、
「ここで勉強していいですか」
と尋ねた。
母は、
「使う机だから」
と答えた。
その夜、白い郵便箱に葉書が一枚入っていた。
「やっと、私以外の話が始まったね」
母は最後に一通だけ書いた。
「明日から、毎週は送りません。
話したいことができた日に書きます。
あなたが返事をしない日も、怒りません」
「ごめん」はなかった。
「さよなら」も書かなかった。
天国便は、死者へ謝って許してもらうための箱ではなかった。
謝罪の下へ隠した日々を、もう一度亡くした人へ話し、生きている人との続きを始めるための箱だった。