議長は七十二歳
【臨時家族会議・議事録】
議題。
退院後の母を、誰がどこで世話するか。
長男は「うちへ来ればいい」と発言。
長女は「病院に近い施設が安心」と提案。
次男は費用表を配布。
母は三人の話を十分聞いたのち、湯呑みで机を三回叩いた。
「議長を交代します」
三人は黙った。
「さっきから、私を家具みたいにどこへ置くか相談してるけど、本人の意見を聞きなさい」
母、満場一致を待たず議長に就任。
質問一。
長男宅へ移る場合、共働き夫婦のどちらが通院に付き添うのか。
長男、回答に詰まる。妻へ相談していなかったことを白状。
質問二。
施設費を負担すると言う次男に、住宅ローン以外の余裕はあるか。
次男、「親に心配をかけたくなかった」と転職後の減収を告白。
質問三。
長女はなぜ施設を強く勧めるのか。
長女、介護離職した友人を見て怖くなったと説明。母を捨てたいのではなく、自分が母を嫌いになるほど疲れる未来を恐れている、と泣く。
母は菓子皿を中央へ押した。
「やっと会議らしくなった」
母の提案。
一、自宅へ戻る。
二、週三回の訪問支援を利用する。
三、通院は有料送迎を基本とし、家族の付き添いは都合が合う者だけ。
四、費用の一部は母自身の年金と貯蓄から支払う。
五、三か月後に再検討する。
長男は「危ない」と反対。
母は「危ないかどうかを決めるための三か月」と返答。
次男は「遠慮して一人で抱え込むな」と要求。
母は「あなたたちも同じ」と議事録へ追記。
長女は、母が助けを断る癖を指摘。
母は、子どもたちが平気なふりをする癖も指摘。
採決。
母一票。子ども各一票。
賛成四、反対ゼロ。
散会前、長男が尋ねた。
「次の会議も母さんが議長?」
「議題による。あなたの離婚危機なら、私は一委員」
「離婚危機じゃない!」
「妻に相談せず同居を決める人は要観察です」
長女が笑い、次男も笑った。長男だけが議事録からその一文を消そうとした。
退院後、母は自宅へ戻った。失敗もあった。薬を一度飲み忘れ、玄関で尻もちもついた。そのたび家族は、誰か一人が正解を出すのではなく、予定を組み替えた。
三か月後の議題は、〈母をどうするか〉ではなかった。
〈私たちは、無理をせずどう暮らすか〉
議長席は空けておき、話す人が順番に座った。