質問は一日三個まで
【四月八日 槙尾佐知から河瀬洸へ】
〈世界史、教える。ただし質問は一日三個まで。多いと私が倒れる〉
〈じゃあ一個目。ローマ帝国、長すぎない?〉
〈質問が大きすぎる。やり直し〉
洸はサッカー推薦を狙っていたが、世界史だけが赤点だった。佐知は同じクラスで、年号を歌にして覚える変な特技があった。
【四月十二日】
〈二個目。三十年戦争は、なぜ三十年もやめなかった?〉
〈途中で目的が変わったから。あなたの部屋の片づけと同じ〉
〈悪口は質問数に入る?〉
〈入らない。無制限〉
毎晩、三つだけ質問が届いた。佐知は図を描き、音声を送り、ときには「今日は分からない。明日調べる」と返した。
洸は、先生役なら何でも知っていると思っていた。けれど佐知が分からないと言うたび、質問することが少し怖くなくなった。
【五月三日】
〈一個目。年号を覚えても翌朝には消える〉
〈では消える前に、朝もう一度送って〉
翌朝六時、洸から年号が一つ届いた。佐知は眠い目で丸を返した。それが二週間続いた。
【五月二十六日】
〈今日の三個目。佐知は、なんでそんなに教えてくれるの?〉
返信は翌朝だった。
〈中一のとき、私が教室で何も話せなかった日に、洸が給食のパンを半分くれたから〉
洸は覚えていなかった。佐知は転校初日、方言を笑われて黙り込んでいた。洸は事情を知らず、「それ嫌いなら、こっち食う?」と自分のパンと交換しただけだった。
【六月三日 試験前夜】
〈質問一個目。落ちたらどうしよう〉
〈世界史の質問ではない〉
〈だめ?〉
〈特別枠。怖いまま受ければいい〉
翌日、洸は七十一点を取った。
【六月四日】
〈質問一個目。七十一点は、喜んでいい?〉
〈百点満点なら〉
〈百点満点です〉
〈では盛大に喜んでください〉
洸は校庭で一人、拳を上げた。
【九月十四日】
大学の推薦面接を控えた佐知から、初めて質問が届いた。
〈一個目。緊張して、志望理由が全部飛んだらどうしよう〉
洸は考えて返した。
〈質問。そこで学びたい理由は?〉
〈移民史を勉強して、言葉が違う人同士の暮らしを研究したい〉
〈今、言えた。あと二個質問できる〉
佐知は画面の前で笑った。
親切は、貸し借りの記録をつけない。
忘れたころに、別の教科の答えとして戻ってくる。