赤いカーディガンを腰に巻く

折原環は、夜の駅の洗面台で手を洗っている女性に声をかけるべきか迷った。淡いグレーのスカートの後ろに、濃い染みが広がっていたからだ。

鏡越しに目が合うと、女性は先に言った。

「生理です。気づいてます」

その言い方があまりに平らで、環は用意していた婉曲表現を失った。

「外のドラッグストア、まだ開いています。よかったら、これを」

環は赤いカーディガンを脱いだ。女性は首を振った。

「隠すと、恥ずかしがってるみたいで嫌なんです」

「見せたいわけでもないでしょう」

「見えて困るのは、見る側じゃないですか」

環は、困るのは本人だと思った。女性は、困らされることまで引き受けたくないらしい。理解できないまま、環はカーディガンを畳んだ。

そこへ高校生らしい二人組が入ってきて、女性の背後を見て笑いをかみ殺した。女性の肩が一瞬だけ固くなった。

「隠すんじゃなくて、移動するために使いませんか」

環が言うと、女性は鏡の中で彼女を見た。

「それなら借ります」

赤い袖を腰に結ぶと、女性は自分の黒いジャケットを環の肩に掛けた。環が断ると、「寒い人を作るのは違うので」と返された。

女性はこのあと夜勤へ行く途中だった。遅刻の連絡は済ませたが、制服の替えは職場にしかない。環は「今日は休めば」と言いかけ、やめた。休むべきかどうかは、染みを見つけたばかりの他人が決めることではない。代わりに店までの最短経路を検索し、改札員へ事情を一言だけ伝えて、再入場の方法を確認した。

女性は隠すことを選んだのではなく、仕事へ着くまで視線を処理しない方法を選んだ。環はそう整理したが、女性が同じ言葉を使うとは思わなかった。

二人は改札を出て、二十四時間営業の店まで歩いた。環は黒いジャケットのポケットに触れないよう両腕を前で組み、女性は赤い結び目を隠さず歩いた。店で下着と衛生用品を買い、試着室を借りる。戻ってきた女性はカーディガンを丁寧に畳み、黒いジャケットと交換した。

礼も連絡先も、どちらからも求めなかった。

再び改札を通るとき、二人はそれぞれ自分の服を着て、同じ速度でホームへ下りた。