赤い札のないトレー
午前八時五十五分、学校給食センターの盛り付け室で、鳴海佳澄は赤い札のないトレーを見つけた。千二百食が流れる列の端、卵を除いた特別食の器だけが、透明なふたをかぶって止まっている。
「札を付け忘れただけですよ。名前は分かります」
隣の職員が油性ペンを持った。佳澄は受け取らず、列を止めた。ただし止めたのは全体ではなく、そのトレーの前後十二食だけだった。
アレルゲン対応では、記憶で補うことが一番危ない。札がない理由が単純な付け忘れならよい。もし特別食そのものが通常食と入れ替わっていれば、外から見ただけでは分からない。さらに器を開けて確かめれば、コンタミの可能性まで増える。
配送主任からは、九時十五分を過ぎれば一校目の給食時間に影響すると急かされた。佳澄は返事の代わりに、特別食を作った小部屋の入退室表を開いた。問題の器は通常食の列へ入る前から密封され、担当者の署名も二つある。中身を開けなくても、どの工程を通ったか追える状態だった。
佳澄は製造記録と札の連番を照合した。番号は四十七から四十九へ飛んでいた。四十八を印刷した時刻には、プリンターの用紙交換記録が残っている。交換直後の一枚だけ、糊面を内側に巻き込んで排出されていた。
彼女は廃棄箱の底から、文字の印刷された剥離紙を拾った。そこに児童名と献立番号があった。密封された器の封印番号とも一致する。検食用に残された同じ調理分も確認し、二人で読み上げて新しい札を付けた。
念のため、同じ用紙交換後に出た通常食の札も五枚確認した。印字の欠けはなく、問題が一枚に限られることを確かめてから、止めていた十二食を戻した。運転手は腕時計を見たが、誰も「急げ」とは言わなかった。理由の分からない三分と、理由を説明できる三分では、現場の重さが違う。
九時十二分、配送車が一本も遅れずに出発した。若い職員は止めていた十二食を見ながら言った。
「全部止めるものだと思ってました」
「危ない範囲を広く見積もって、止める範囲は記録で絞るの」
シャッターが閉まると、午後の仕込み表が配られた。明日の献立は親子煮だった。佳澄は新しい赤札の束を数え、卵の欄に定規を当てた。