赤い袖の押し入れ
父が家を出てから、母と娘は何を聞かれても「平気」と答えるようになった。
母は近所の人へ。
娘は学校の先生へ。
二人きりの食卓でも、互いに同じ言葉を使った。
古い和室の押し入れには、祖母が縫った赤い子ども着物がしまわれていた。
ある夜、母が仕事から帰り、
「今日も平気だった」
と言った瞬間、襖の隙間から赤い袖がするりと出た。
母が押し込むと袖は引っ込んだ。
翌朝、娘が朝食を残し、
「お腹は平気」
と言うと、また赤い袖が出た。
押し入れの袖は、平気でない人が「平気」と言うたび、少しだけ長く伸びた。
最初は二人とも気味悪がった。
やがて、どちらが嘘をついたか分かる道具として使い始めた。
「学校、どうだった?」
「平気」
赤い袖が畳を這う。
「嘘」
「お母さんこそ、会社は?」
「平気よ」
袖がさらに伸びる。
「大嘘」
二人は笑った。
父が出てから初めて、同じことを笑った。
娘はクラスで、両親のことをからかわれたと話した。
母は残業を断れず、昼食を食べる時間もなかったと話した。
話しても問題は解決しない。
それでも赤い袖は少しずつ押し入れへ戻った。
ある日、父から娘へ会いたいと連絡が来た。
娘は母に、
「会っても平気?」
と尋ねた。
母はすぐ答えず、赤い袖を見た。
「平気じゃない。でも、会ってほしくないとは言わない」
袖は動かなかった。
娘も言った。
「会いたい。でも、お母さんを裏切るみたいで嫌」
袖は動かない。
二人は、平気でないまま予定を決めた。
面会の日、娘は赤い着物の袖から切れかけた糸を一本もらい、鞄へ結んだ。
帰宅すると、母が台所で鍋を焦がしていた。
「どうだった?」
「楽しかった。ちょっと腹も立った」
「そう」
「お母さんは?」
「寂しかった。ちょっと楽でもあった」
押し入れは静かだった。
数年後、家を改装するとき、赤い着物は仕立て直され、小さな座布団になった。
母と娘は、話しにくいことがあるとその座布団を間に置く。
もう袖は出ない。
代わりにどちらかが「平気」と言いかけると、赤い布を見て言い直す。
「平気じゃないけど、話せる」
それが二人の家で、いちばん信じられる返事になった。