赤い鍋の白い皿
堀之内瑠璃は、友人の婚約祝いに用意されたトマト鍋の前で、白い取り皿を伏せたままにしていた。
祝われるのは瑠璃ではない。高校からの親友が、来春結婚する。相手は、三年前まで瑠璃が付き合っていた人だった。
交際を知ったとき、瑠璃は「お似合いだね」と送った。別れたのは自分からだし、もう未練はない。そう説明すれば、誰も悪くならない。ただ、親友が相談してくれなかったことだけが、細い棘のように残っていた。
元恋人と別れた夜、朝まで電話につき合ってくれたのも親友だった。もう忘れたいと言った瑠璃の言葉を、親友は許可だと思ったのかもしれない。それでも、知らないところで二人の時間が始まっていたことが寂しかった。
蓋を取ると、煮えたトマトとバジルの香りが広がった。親友は黙って瑠璃の皿を表へ返し、赤いスープとチーズを少なめに取り分けた。溶けたチーズは、箸を上げると白い糸になって伸びた。
「嫌なら、帰っていいから」
親友が言ったのはそれだけだった。
瑠璃は帰らなかった。代わりに、皿の中央のミニトマトを潰さないよう、周りから食べた。親友は瑠璃が熱いトマトを苦手にしていたことを覚えている。だから最後に冷めるよう、真ん中へ置いたのだ。
その気遣いが腹立たしかった。覚えているなら、なぜ黙っていたのだろう。
鞄には、祝いの品として買った二客のワイングラスが入っていた。渡せば、完全に許したことになる気がして、店の包装のまま持ち続けている。
皿が半分空いたころ、親友は箱の置かれた瑠璃の鞄を見た。それから鍋の横に、小さな空の保存容器を一つ置いた。祝いを持ち帰っても、責めないというように。
瑠璃は冷めたミニトマトを箸で割った。中の汁が白い皿へ広がり、残っていたチーズの糸を赤く染めた。
許したわけではない。祝えない自分を捨てたわけでもない。
それでも瑠璃は、ワイングラスの箱から一客だけ取り出し、親友の前へ置いた。もう一客は鞄へ戻した。
「今日は、半分だけ」
親友は頷いた。
赤い鍋のそばで、白い皿には割ったトマトの一口だけが残った。二人の関係も、元には戻らないまま、割れずにそこへ残った。