赤ペンの天気予報
上遠野俊英は、交換日記に天気しか書かなかった。
四月十七日、曇り。
四月十八日、雨。
四月十九日、雷。
窓の外は三日とも晴れていた。
日記を始めようと言ったのは、学級委員の私だった。俊英は週に二、三日しか教室へ来ない。プリントを届けても、「ありがとう」の一言で扉を閉める。先生から仲良くしてやってと言われたわけではない。ただ、出席番号が前後で、提出物の束を見ているうちに、空欄が気になった。
最初の頁へ、私は給食の献立や数学の小テストを書いた。
返事は「曇り」だけだった。
腹が立って、赤ペンで横へ書いた。
――これは気象観測ノートではありません。
翌日。
――雷。委員長が怒っている。
初めて文章が増えた。
それから私は、勝手に予報を付けるようになった。
曇りのち、体育で晴れ。
雨、昼休みだけ小雨。
雷、ただし放課後には注意報解除。
俊英は訂正するようになった。
体育は見学だから曇りのまま。
昼休みは図書室なので晴れ。
放課後は担任が来るから雷雨。
五月の月曜日、俊英の机に日記を入れておいた。来るかどうかは聞いていなかった。朝の会が始まっても席は空いていた。
私は日付の下へ書いた。
――現在、雨。予報では午後から晴れ。
二時間目も空席だった。三時間目も。昼休み、牛乳を飲みながら、予報を外した気象台の気分になった。
五時間目の途中、教室の後ろの扉が開いた。
俊英が立っていた。制服の襟は曲がり、鞄を両手で握っている。担任が何か言う前に、クラス中の視線が集まった。
俊英は一歩も動かなかった。
私は赤ペンを持ち上げ、窓を指した。
「予報、当たった」
外は朝からずっと雨だった。
何人かが窓を見る。俊英だけが、私の机の上の日記を見た。
やがて彼は自分の席まで歩き、鞄を置いた。頁を開き、立ったまま一行足した。
――晴れ。ところにより、視線が強い。
私はその下へ書いた。
――すぐ慣れるでしょう。
俊英は赤ペンを奪った。
――根拠は?
私は教室を見回した。前の席の子がプリントを回し、後ろの子が椅子を引いた。誰も「久しぶり」と大声では言わなかった。その普通さが、たぶん根拠だった。
――このクラスの平年値です。
俊英は小さく笑い、五時間目の教科書を開いた。
その日の天気欄だけ、青空の絵が描かれている。赤ペンで塗ったせいで、夕焼けのような空だった。