赤丸は翌朝

椹木暁仁は二十五歳の経理担当で、出張精算の証拠を集めるため梔子村の民宿に泊まった。会社の規定では、領収書だけでなく宿帳の写しも必要だった。

帳場には、日付だけを大きく書く古い帳面がある。宿の主人によれば、村では宿泊日を「身を置いた日」ではなく「影を預けた日」と数えたため、翌朝まで日付を確定させなかったという。

表紙の内側には鉛筆で一文。

《宿泊日の数字を、赤丸で囲んではいけない》

暁仁は八月六日と記したあと、スマホを見る。午前零時を七分過ぎていた。正しくは七日だ。二重線では改ざんを疑われる。彼は鞄から赤ペンを出し、「6」を丸で囲んで脇に「7」と書いた。破ったのは、その訂正の一度だけだった。

朝、丸は「7」へ移っていた。昨日の六日は黒字で、今日の七日だけが赤い輪に収まっている。

主人は帳面を閉じた。

「丸は、泊まった日を示すものじゃありません。次に泊める日を決めるものです」

暁仁は冗談だと思い、精算を済ませた。電車内で宿帳の写真を見ると、赤丸は八日へ移っている。撮り直しはできないので、そのまま経費システムへ添付した。

月曜、出社すると勤怠端末が彼の社員証を弾いた。画面には《宿泊扱い》と出る。総務が登録を直しても、翌日には再び宿泊へ戻った。

赤丸はスマホのカレンダーにも現れた。八日、九日、十日。毎朝一日ずつ先へ進み、予定欄に自動で《梔子村・一泊》が入る。

取引先から届く会議招待も、宿泊予定と重なるたび自動で欠席へ変わった。理由欄は《まだ朝を迎えていません》。上司は暁仁が毎晩出張していると思い込み、ホテル代の見積もりまで承認した。自宅の壁掛け時計は午前六時直前で一度止まり、赤い秒針だけが翌日の日付へ進む。民宿へ電話すると、主人は「丸が追いつくまで部屋は空けてあります」と答えた。

一週間後、暁仁は予定を削除しようとした。削除ボタンの下に、見慣れない選択肢が増えていた。

《本日の宿泊を取り消す》

《翌朝へ移す》

後者には、すでにチェックが入っていた。