赦免電報は花嫁列車のあと

大正七年の六月、荒磯重吉の赦免電報は、雪村えつの婚礼の日に届いた。

鉱山の賃上げを求めた重吉は、騒擾の首謀者として獄へ入れられていた。

えつは二年待った。

だが父の宿は借金で潰れかけ、母は薬を欠かせず、弟二人は学校をやめようとしていた。

町の酒問屋が、えつを後妻に迎える代わりに借金を引き受けた。

彼女は承知した。

重吉には、別の人を好きになったとだけ書いた。

その手紙を読んだ翌朝、恩赦が決まった。

けれど嵐で電信線が切れ、獄へ知らせが届いたのは三日後だった。

重吉が町の駅へ着いたとき、花嫁列車は発車の鐘を待っていた。

白い角隠しのえつが、窓の向こうにいた。

目が合うと、彼女は驚き、すぐに泣きそうな顔を隠して笑った。

「自由になった」

重吉は電報を窓へ押し当てた。

「昨日なら、迎えに行けた」

えつは窓を少し開けた。

「昨日なら、私はあなたと逃げました」

「今日でもいい。降りろ」

「今日の私は、もう一人ではありません」

酒問屋は、何も知らずに母の薬代を払い、弟たちの授業料を用意した。

花婿は無口な男だったが、えつへ無理に笑えとは言わなかった。

彼女が今ここで降りれば、救われた家族と、約束を信じた一人の男を同時に裏切る。

「好きじゃないのか」

重吉が訊いた。

えつは首を振った。

「好きだから、あなたが自由になった最初の日を、誰かの暮らしを壊した日にしたくないの」

発車の笛が鳴った。

重吉は車体へ手をかけた。

えつも窓から手を伸ばした。

指先が触れたのは一瞬だった。

「待たせて、すまなかった」

「私は待ったのではありません。あなたが帰る場所を守っていたの」

「もう、そこへは帰れない」

「はい」

二人は、同じことを認めて泣いた。

列車が動く。

重吉はホームを走ったが、やがて手を離した。

えつは窓から身を乗り出さず、花嫁らしく席へ戻った。

赦免電報は彼の自由を証明した。

しかし、失われた三日間を返す力はなかった。

その後、重吉は別の鉱山で組合を作り、えつは宿ではなく酒問屋の帳場を支えた。

二人が再会することはなかった。

えつは生涯、婚礼写真の箱へ、重吉から見せられた電報と同じ文面を新聞から切り抜いてしまっていた。

〈本日、釈放を許す〉

許されたのは重吉だけだった。

二人の恋は、列車の鐘より一日遅れて届いた自由の外へ、最後まで出られなかった。