返事は私の口で

 母が結婚に反対した理由を、私は年齢差だと思っていた。

 彼は私より十九歳上だった。

「そんなに年上の人でなくても」

「私が決めたの」

「あとで苦労するのはあなたよ」

 その言葉が嫌で、私は母を婚約者との夕食へ呼んだ。

 彼なら、母の偏見を落ち着いて解いてくれると思った。

「結婚後も仕事は続けるの?」

 母が尋ねた。

 私が答える前に、彼が笑った。

「今の職場は忙しすぎますから、いずれ辞めてもらうつもりです」

 初めて聞く話だった。

「住まいは?」

「僕の実家を改装します。母も一人なので」

「私は通勤のことを――」

「大丈夫。僕が車で送るよ」

 彼は私の手を握った。優しい仕草のはずなのに、指が動かなかった。

 母は年齢の話を一度もしなかった。

「娘さんの返事を待ってください」

 彼は少し不快そうに笑った。

「家族になるんですから、僕が一番よく分かっています」

「だから心配なんです」

 帰り道、私は母へ怒った。

「わざと嫌な聞き方したでしょう」

「普通の質問よ」

「彼を試した」

「あなたが自分の口で答える場を作っただけ」

 私は言い返せなかった。

 彼とは長く付き合っていた。店も旅行先も、たいてい彼が決めた。私は「どこでもいい」と答えるほうが楽だった。決めてもらうことを愛されることだと思っていた。

 翌日、彼へ電話した。

「仕事は辞めない。住む場所も二人で決めたい」

「君のお母さんに何か言われた?」

「これは私の返事」

「結婚する気があるなら、譲るところは譲らないと」

「今まで譲ったことを、私が選んだことにしないで」

 婚約は保留になった。

 母は「だから言ったでしょう」と言わなかった。ただ、私が外した指輪を箱へ戻すのを黙って見ていた。

「もし別れたら、母さんの勝ちみたいで嫌」

「勝ち負けじゃない」

「彼が変わって、結婚するかもしれない」

「それもあなたが決めればいい」

「また反対する?」

 母は少し考えた。

「相手が誰でも、あなたの返事を奪う人には反対する。あなたが自分で選んだ苦労なら、反対しながら手伝う」

 数か月後、彼とは別れた。

 悲しかった。母への感謝より、彼への未練のほうが長く残った。

 それでも次に誰かと将来を話すとき、私は先に言うつもりだ。

「返事は、私の口でします」と。