送信取消

 鮎喰湊生の父が失踪して、一年が過ぎた。

 母の説明では、父は出張帰りの夜、駅まで迎えに来た母の車へ乗った直後、会社から呼び戻されたのだという。

 父から届いた最後のメッセージも残っていた。

〈急な仕事で戻ることになった。しばらく帰れない。心配するな〉

 そのあと父のスマートフォンは解約され、会社にも戻らず、足取りは途絶えた。警察は自発的な失踪の可能性もあると言った。

 母が機種変更した日、湊生は古いスマートウォッチを譲り受けた。

 何年も引き出しに眠っていたもので、充電すると母の古い端末へ自動接続された。

 通知履歴に、父が消えた夜のメッセージが残っていた。

 二十二時十一分。

〈駅に着いた。迎えありがとう〉

 二十二時十七分。

〈家と反対へ走ってるけど、道を間違えた?〉

 二十二時十九分。

〈助手席の男、この前うちの寝室にいた人だよね〉

 二十二時二十分。

〈湊生には何もしないでくれ〉

 スマートフォン側の履歴では、最後の三通がすべて〈メッセージの送信を取り消しました〉に置き換わっていた。

 二十二時二十八分に、例の最後のメッセージが届いている。

〈急な仕事で戻ることになった。しばらく帰れない。心配するな〉

 父が自分で送ったのなら、その直前の三通をなぜ取り消したのか。

 迎えの車に乗っていた父が、どうやって会社へ戻ったのか。

 母はなぜ、父が自分の意志で消えたと信じられたのか。

 玄関が開いた。

 母が、最近よく家へ来る男と一緒に帰ってきた。

 その男は、父が失踪した半年後から母を支えてくれている人だと紹介された。湊生は一度も会った覚えがないのに、父の三通目を読むと、なぜか男の顔を確かめたくなった。

「何を見てるの」

 母がスマートウォッチに気づいた。

 湊生は画面を隠した。

「昔の通知」

 母は男と目を合わせたあと、湊生の手から時計を奪った。

 履歴を一度見ただけで、母は小さくつぶやいた。

「削除したのに、腕時計には残るのね」

 湊生は、どのメッセージが削除されていたのか、まだ母には話していなかった。