逆風配達人の青い傘

修理店《風待ち》の扉を蹴るように開けたミルカは、ずぶ濡れなのに傘だけは乾いていた。

「この役立たず、雨を避けるどころか荷物へ集めるんです!」

王都最速を自称する配達人の彼女は、青い魔法傘を作業台へ叩きつけた。開けば風を操る高級品のはずが、雨粒を荷袋へ吸い寄せる。三日続けて手紙を濡らし、次に失敗すれば組合を追い出されるという。昨日は求婚状の文字が全部流れ、受取人から「白紙で結婚を申し込むな」と苦情まで来た。荷袋には乾燥剤がぎっしり詰められていたが、それさえ水を吸い切って粥のようになっている。ミルカは濡れた前髪を絞りながら、今夜の便だけは絶対に落とせないと歯を食いしばった。

店主トーヴァは傘を開かず、石突きを耳へ当てた。中で小さな羽根車が、かすかに逆回転している。

「落としました?」

「鐘楼から」

「それは落としたうちに入ります」

留め金を外すと、風向きを読む銀羽根が裏返っていた。普通の職人なら新品と交換する。だがこの傘は持ち主の走り方を覚えている。部品を替えれば、癖を学び直すまで一月かかる。

トーヴァは曲がった羽根を湯気で温め、針先ほどの軸を磨き、表裏を戻した。最後に傘布の縁へ一本だけ赤糸を通す。

「赤い印を前にして走ってください。あなたは右肩が速いので、中心を半寸ずらしました」

店内で開いた瞬間、棚の埃が外へ押し出された。トーヴァが霧吹きを向ける。細かな水滴は傘の周囲で輪になり、一粒もミルカへ届かない。さらに濡れていた荷袋から水だけが浮き、窓の外へ流れていった。机に置いた紙束は一枚もめくれず、必要な風だけが選ばれている。

ミルカは目を丸くし、封筒を一枚取り出す。角まで乾いている。

「これなら今日の最終便に間に合う」

彼女は代金を置き、走り出しかけて戻った。

「同じ調整、組合の予備傘七本にもできます?」

「一度に持ち込まなければ」

「明日から一本ずつ!」

青い傘が夕立の中へ飛び出す。今度は雨が左右へきれいに割れた。

トーヴァが濡れた床を拭き終えるより早く、ちりん、と店のベルが鳴った。