遺言より先に唐揚げを
祖母の余命が短いと聞き、家族は病室へ「最後に聞いておくこと」を持ち寄った。
「葬儀は家族葬でいい?」
「遺影はどの写真?」
「仏壇は誰が引き取る?」
「銀行の印鑑、どこ?」
祖母は酸素の管をつけたまま、順番に聞いた。
「その前に、唐揚げ」
長男が聞き返した。
「何?」
「駅前の店。皮がぱりぱりのやつ」
「今は食べられないでしょう」
「私じゃない。あんたたちが食べるの」
家族は困った。こんなときに病室で唐揚げなど、不謹慎に思えた。
祖母は目を細めた。
「私が死ぬ準備ばかりして、今日の晩ごはんを忘れてる」
孫が買いに走った。
面会室へ紙皿を並べると、匂いだけで祖母は笑った。孫が衣の小さな欠片を唇へ運ぶと、祖母は舌先で味を確かめ、「これこれ」と満足そうに目を閉じた。それ以上は欲しがらなかった。
長女は「脂っこい」と言いながら三つ食べ、長男はレモンをかけて全員から責められた。
「昔から勝手なのよ」
「俺の皿だろ」
「匂いが移る」
「病室で喧嘩するな」
祖母が笑いすぎて咳き込み、全員が慌てた。
「ほら、これ」
呼吸を整えた祖母が言った。
「こういうのを覚えておきなさい。私の死に方じゃなくて、みんなの食べ方。誰が最後の一個を取ったか、皿を洗ったかまでね」
そのあとで、祖母は葬儀も通帳もきちんと話した。遺影には、台所で鍋の蓋を持っている写真を選んだ。
「もっときれいな写真あるよ」
「きれいな私より、働いてる私のほうが本物」
三日後、祖母は長女と孫に手を握られ、眠るように息を引き取った。
葬儀の席で、長男が唐揚げを一箱持ってきた。
「精進料理は?」
「これは遺言」
「そんな遺言、書いてない」
「聞いた人が三人いる」
家族は笑いながら食べた。長男はレモンへ手を伸ばし、途中で止めた。
「かけてもいい?」
全員が一斉に言った。
「自分の皿だけ!」
祖母がいない席で、祖母の望んだ通りの喧嘩が始まった。
悲しみは消えなかった。
けれど家族は、泣くことだけを最後の記憶にしなかった。