郵便受けより先に

古い印刷所の二階には、行き場をなくした若者が四人住んでいた。正式な施設ではなく、大家も「倉庫を貸しているだけ」と言う。玄関に郵便受けがないため、役所の封筒も求人票も、近所のパン屋が預かっていた。

木場重成は、それで困らなかった。住所を書く場面を避けてきたからだ。

日曜の朝、庄司一花が中古の郵便受けを抱えてきた。赤い塗装は剥げ、投入口の蓋も歪んでいる。

「壁に付ける。押さえて」

「大家に怒られる」

「許可は取った。穴は二つまで」

重成は渋々、外壁に金具を当てた。電動ドリルは途中で充電が切れ、残りは手回しだった。一花がねじを回し、重成が体重をかけて箱を支える。通りを走る車のたび、薄い金属板がびりびり鳴った。

「名前、並べる場所ないぞ」

「並べない。ここ、入れ替わり多いし」

「じゃあ誰の郵便か分からない」

「中で分ければいい」

一花は白いペンで、箱の正面に〈二階〉とだけ書いた。家でも施設でもない、説明を諦めたような二文字だった。

取り付け後、蓋が閉まらないことに気づいた。重成はペンチで蝶番を少しずつ戻した。一花が何度も開閉し、九回目で乾いた音がして収まった。

翌日、重成は職業相談所の申込書を前に止まった。住所欄は空白のままでも提出できる、と担当者は言った。それでも彼は、印刷所の町名と番地、その末尾に「二階」と書いた。

郵便受けを付けた翌朝から、四人は届いた物を食卓へ並べて仕分けた。国民健康保険の督促、落ちた面接の通知、疎遠な親からの封書。重成の物はまだない。一花は箱の底へ古い菓子缶の蓋を敷き、雨水がたまらないよう小さな穴も開けた。重成はパン屋へ行き、これからは預からなくていいと自分の口で伝えた。

箱の内側には、一花が段ボールで四つの仕切りを作った。重成は自分の区画を選ばず、いちばん取り出しにくい奥を使った。それでも空欄よりはましだった。

三日後、採用面接の案内が新しい箱へ届いた。夜勤から戻った重成は封筒を抜き、投入口に雨が入らないよう蓋を撫でた。それから、これまで駅のロッカーに入れていた折り畳み傘を、玄関の傘立てへ差した。