配当日のプリン会議

 蓬莱坂真紀と武石野央は、月に一度、ファミレスで「株主総会」を開く。

 二人とも会社員時代に貯めた資金と、ささやかな配当金で暮らしている。早期退職と呼べば格好がつくが、普段は昼まで寝て、洗濯が乾くかどうかを主な関心事にしていた。

「今月の業績」

 真紀がドリンクバーの珈琲を置く。

「昼寝時間、前年比十二パーセント増」

 央が手帳を見るふりをする。

「成長分野ですね」

「ただし夜の寝つきが悪化」

「相殺です」

 本物の資産報告は、封筒を一度確認するだけで終わった。

 金額は大きくない。家賃と食費を払い、たまに映画を観れば残りは少し。それでも上司の機嫌も通勤電車もなく、二人は平日の窓際席へ座っている。

「何か、働いた方がいいと思う日ある?」

 央が訊いた。

「ある。主に人に職業を訊かれた日」

「で、翌日は?」

「昼寝すると忘れる」

 央は深く頷いた。

 総会の重要議案は、配当日のプリンを一人一個にするか、二人で大きなパフェを分けるかだった。

「パフェは写真映えする」

「誰にも見せない」

「自分たちが見る」

「途中で寒くなる」

 議論の末、固いプリンを二個頼んだ。保守的な経営判断である。

 運ばれてきたプリンは、銀色の皿に堂々と立っていた。

 カラメルは濃く、匙を入れると卵の弾力が返る。真紀は上のさくらんぼを最後まで残し、央は最初に食べた。

「性格が出る」

「先に確定利益を取る派」

「私は長期保有」

「溶ける生クリームは?」

「損切り」

 二人は自分たちの比喩がおかしくなり、しばらく笑った。

 周りでは、営業途中らしい人がパソコンを開き、学生が試験勉強をしている。誰も二人を見ていない。

 働いていないことを、胸を張る必要も隠す必要もない。午後二時のファミレスでは、皆それぞれの理由で席に座っていた。

 会計後、真紀はレシートの裏へ来月の議題を書いた。

〈夏の電気代対策。扇風機一台を共有できるか〉

「同居してないのに?」

「交互に借りる」

「輸送コストが高い」

 すぐ否決された。

 外へ出ると、雨上がりの歩道が光っていた。店の扉から珈琲と揚げ物の匂いが流れてくる。

 二人は駅へ向かわず、近くの公園まで歩くことにした。

「次回もプリン?」

「業績次第」

「何の?」

「さくらんぼを最後まで我慢できたかどうか」

 真紀の口にはカラメルの苦さが、央の指には冷たいグラスの水滴が残っていた。総会は成果を生まなかったが、来月も同じ席へ集まる理由だけは、きちんと可決された。