銀器は曇る前に
「銀器は曇る前に磨きます」
新入りの侍女サファは、晩餐前になると必ずそう言った。
古参執事の私から見れば、彼女は少々働きすぎだった。百二十本のナイフを寸分違わず並べ、燭台の煤を落とし、客の席順を一度見ただけで覚える。それでも褒めれば、「手が空いておりますので」と目を伏せるだけだ。
あの夜、公爵家には北方の使節が招かれていた。
私は壁際に立ち、サファは銀器籠を抱えて卓間を回っていた。突然、磨き上げられたスープ匙の腹に、誰もいないはずの梁から下りる影が映った。
影は透明化の外套を着ていた。
手には短弩。矢先は公爵の心臓を向いている。
私が警告を発する前に、サファが磨き布を一度だけ払った。
白い布が宙を横切る。
ただ、それだけに見えた。
楽団は演奏を続け、客たちは笑い、公爵は杯を掲げた。短弩の音もしなければ、倒れる者もいない。だが梁の影だけが消え、次に私が瞬きをした時、サファの銀器籠がわずかに重くなっていた。
彼女は何食わぬ顔で私の横を通る。
籠の底から、透明化の外套の端が覗いた。その下には気を失った侵入者が、磨き布一本で両手両足を縛られて折り畳まれている。布の結び目は、かつて王都の暗殺者たちが恐れた《白絹》の封殺結びだった。
私は若い頃、戦場で一度だけその結びを見た。敵将三人が、朝には同じ姿で城門へ吊られていたのだ。
サファは配膳口の陰で籠を置き、床板を爪先で二度叩いた。清掃用の搬入口が開き、籠ごと闇へ落ちる。待っていた何者かが受け取る気配がして、板はすぐ閉じた。
彼女は新しい籠を取り、一本だけ曲がったナイフを抜き出す。短弩の矢を受けたのだろう。サファはそれを廃棄箱へ入れ、代わりを正しい角度で並べた。
「サファ」
私が低く呼ぶと、彼女は小首を傾げた。
「何か不備がございましたか」
問い詰めるべきだった。だが銀器に映った彼女の目が、ほんの一瞬だけ、老いた私の記憶より冷たかった。
私は黙って首を振った。
サファは微笑み、曇り一つないナイフへ布を滑らせた。宴の誰も、王国を狙った刃が卓へ届かなかったことさえ知らない。
彼女は最初と同じ声で言った。
「銀器は曇る前に磨きます」