銀縁の毒
雨宮澄佳は、黒く濁った酒を選んだ。
向かいの料理人が、勝った、と唇を歪める。彼の前には透明な水。二つのうち一つだけが毒入りだと告げられていたなら、誰でも同じ顔をしただろう。
《一人一杯を選び、飲み干せ。生き残った者が勝者となる》
澄佳は卓上の花瓶から、飾りの細いガラス管を一本抜いた。それを黒い杯の中央へ差し込み、銀色の縁に触れないよう吸い上げる。
「道具は禁止されていない」
制止しようとした料理人へ、彼女は先に言った。
液体は苦くも甘くもなかった。喉を落ちるのは、ただの焦がした麦茶だった。
料理人は透明な杯を持ち上げる。銀縁に口をつけ、一気に飲んだ。直後、唇の色が灰色へ変わった。
「水なのに……」
彼は卓へ崩れ、指先で自分の杯を掻いた。
『勝者、雨宮澄佳』
澄佳は黒い杯を傾け、底まで空であることをカメラへ示した。
「毒は液体に入っている、と誰が言ったの?」
料理人は味と匂いに自信があると、入室直後から繰り返していた。主催者はそこへ黒い濁りを見せ、専門家なら飲み物を見抜けるという自負を煽った。だが舌が触れる前に毒が入るなら、味覚の腕前など何の役にも立たない。
料理人の杯の縁には、乾いた透明の膜があった。銀磨きの跡に見せかけた接触毒。黒い液体は視線を奪うための囮だった。
彼女が気づいたのは、二つの杯を運んだ係員の手袋だ。黒い杯は胴を掴み、透明な杯だけ脚を持っていた。縁に触れたくなかったのだ。
「毒入りの『飲み物』じゃない。毒入りの『杯』。主催者は最初から正確に言っていた」
息の止まった料理人を回収する腕が床から伸びる。
黒い色は、無害な竹炭の粉だった。味を隠すためではなく、見る者の頭に「何かが溶けている」という物語を作るための色。毒より先に飲まされたのは、その物語だった。
澄佳は花瓶へガラス管を戻した。管の先に毒膜は付いていない。最後まで、自分の観察が正しかったことを確かめる。
「正確な言葉ほど、人を安心して間違わせるのね」
勝者の扉が開く音は、銀のスプーンが落ちる音に似ていた。