銀貨一枚の深さ
黒鉄谷では、水を汲むたびに銅貨が要った。
谷を治める商会が掘った井戸だから、というのが理由だった。家族の多い坑夫ほど支払いが増え、払えない者は鉱山の粉塵を喉に貼りつかせたまま働いた。
左遷されて来た会計官バルテオは、料金箱を一日眺め、帳簿を三日読んだ。そして商会主の前で、そろばんを一度だけ弾いた。
「桶ごとの料金では、貧しい家ほど高くつきます。それに、集金人の給金だけで三割消えています」
「なら値上げだ」
「逆です。月に銀貨一枚を、商会と各坑主から集めます」
広場に貼られた新しい規則は、たった四行だった。
住民の飲み水は無料。井戸の維持費は、鉱石を百台以上出す坑主が月に銀貨一枚。百台未満は半分。収入と支出は透明なガラス箱の横へ毎週掲示する。足りなければ工事を止め、勝手に追加徴収しない。
坑主たちは鼻で笑った。
だがバルテオは、井戸を深くする費用の見積もりも同じ板に出した。滑車、支柱、職人の賃金、予備費まで一枚ずつ。余れば翌月へ繰り越す、と書かれている。
最初に銀貨を入れたのは、いちばん小さな坑の女親方だった。
「水待ちで一刻止まるより安い」
次に大坑主が、誰にも見られていない顔をしながら銀貨を落とした。坑夫たちは仕事を終えた夕方だけ掘削を手伝うと申し出た。労働分は金に換算し、板の上で寄付と同じ欄に記した。名前の大きさは全員同じだった。
七日目、固い岩盤の向こうで、つるはしの音が変わった。
一撃。
二撃。
細い裂け目から水が噴き、坑夫たちの煤けた頬を濡らした。
歓声の中、商会主が腕を組む。
「これで水場は我が商会の資産だな」
バルテオは濡れた帳簿をめくり、最初の規則を指した。
「いいえ。あなたが買ったのは所有権ではなく、鉱山が止まらない一か月です」
翌朝、井戸の横にはガラス箱が置かれた。
底には銀貨が一枚だけ残り、その隣の板には、使った額と残った額が一銅貨単位で並んでいる。
坑夫の少年が無料の水を飲み、空いた場所へ小さく書き足した。
――本日の不足、なし。
銀貨より明るい水面が、箱の向こうで揺れていた。