録音停止のあと
【講義ノート共有〈ノトル〉運営】
23:07 宗像沙月
大学から正式回答。無断録音の苦情を理由に、学内認証を停止。サーバーは零時で閉じる。
23:08 久我章臣
あと五十三分。
23:09 南條伊吹
利用者への謝罪、送った。返金は残高で足りる。
三人が作った〈ノトル〉は、講義音声を自動で文字にし、聞き逃した箇所を学生同士で補うサービスだった。耳の聞こえにくい学生から感謝され、試験前には二千人が使った。けれど教授の雑談も、欠席者の名前も、マイクが拾ったものはすべて保存された。
23:12 沙月
便利だったことと、許されたことは別だったね。
23:13 章臣
最初に同意画面を作れって言った。
23:14 伊吹
作ったら登録が減るから、後回しにした。三人で。
章臣は既読をつけたまま、しばらく何も書かなかった。失敗の責任を分けると、反省まで薄まる気がした。
23:20 沙月
私は春から特別支援学校。録音に頼らなくても授業が届く方法を考える。
23:22 章臣
俺は動画会社の法務。止める側に行く。たぶん嫌われる。
23:23 伊吹
僕はフリーで音声認識を続ける。コードは捨てない。ただし、勝手に集めない。
23:24 章臣
また起業するのか。
23:25 伊吹
一人で会社は名乗れないよ。
その一文に、沙月は笑うスタンプを押しかけてやめた。三人でいることを会社と呼んできたのに、登記上は代表の伊吹一人だった。借りた金も、大学への説明も、最後は一人の名前に集まっている。
23:41 沙月
最後に、最初のデータを聞く?
伊吹が音声ファイルを貼った。起業支援室で録った、三人の試作会議。雑音の中で沙月が「聞こえない人の味方になれる」と言い、章臣が「まず儲かるか考えよう」と返し、伊吹が二人の声を黙って保存している。
23:58 章臣
消そう。
23:59 沙月
うん。
零時、赤い録音マークが灰色になった。章臣が退出し、沙月も消えた。伊吹の画面には、文字起こしされなかった二秒の沈黙だけが残った。