録音開始は八時四十二分

私は英語の試験より、弁論大会の原稿のほうが気になっていた。

だから朝、教室へ入る前にボイスレコーダーを起動した。通学中に思いついた表現を忘れないためだ。録音開始は八時四十二分。試験は九時からだった。

答案回収の直後、北条院依那が私の足元を指した。

「先生、何か落ちています」

英文法の要点が書かれた小さなカードだった。監督の桑折先生は拾い上げ、そこに私の名前があるのを確認した。

「白河部汐里、説明しなさい」

カードは私の字に似せてあり、授業で配られた紙と同じだった。依那は、試験中に私が靴で何かを動かしていたと証言した。私は弁明したが、先生は「成績が下がって焦ったのだろう」と決めつけた。

放課後、職員室で不正行為確認書を差し出された。

「署名すれば、停学ではなく厳重注意にできる」

桑折先生が声を低くした。依那は隣で、私のためを思う顔をしていた。

私は署名欄へペンを置かず、レコーダーを机に載せた。

「朝から録音したままでした。全部入っています」

先生の顔が変わる。再生すると、私がまだ廊下にいた八時四十六分、教室内の声が聞こえた。机の上に置いた鞄から拾った音だった。

『名前まで書く必要ある?』

依那の声。

『本人が作ったことにしないと弱い。字は昨日の小テストを見て真似しろ』

桑折先生の声だった。

続いて、紙を切る音。机を引く音。そして先生が笑う。

『これで県の推薦枠は君に回る』

職員室が静まり返った。

教頭は録音時刻と防犯カメラの入室記録を照合した。八時四十六分、教室にいたのは二人だけ。カードの紙も、桑折先生の机から見つかった未使用プリントと切断面が一致した。

依那が「録音は盗聴だ」と叫んだが、教頭は首を振った。

「白河部さん自身の鞄に入れた機器です。むしろ、本人不在の場所で何をしたかが問題です」

校長が推薦委員会へ電話し、依那の推薦を凍結した。桑折先生には自宅待機が命じられる。

私は確認書を裏返した。先生が用意した署名欄は空白のままだった。

教頭が新しい記録用紙へ〈不正行為なし〉と記入し、録音データを正式証拠として受領した瞬間、八時四十二分から動いていた小さな赤いランプが、私の未来を取り戻した。