鎧のまま食べる月包み
城門前の食堂《月欠け亭》には、椅子より立ち食い台のほうが多い。店主オズマが、急ぐ旅人のためにそう作った。
だが開店初日、客は「落ち着かない店だ」と向かいの酒場へ流れた。日付が変わるころには、焼いた月麦の皮だけが布の下で冷め始めている。立ったまま食べられる料理など、必要とされないのかもしれない。オズマが火を落とそうとしたとき、扉が肩で押し開けられた。
入ってきたのは近衛兵フェネクだった。全身鎧のまま、両手には黒い籠手。五本の指は金属の塊のように固まり、一本も曲がらない。
「夜明けまで外せん呪具だ。だが、空腹で足が震える」
反逆者を捕らえるため、自ら追跡の呪具をはめたらしい。鍵は任務の成功後にしか開かない。匙も杯も持てず、兜の面頬だけがかろうじて上がる。最後に食べたのは昨日の朝。夜明け前には、地下水路を三刻走らねばならないという。
「ここも酒場と同じなら、火だけ借りる」
オズマは皿を出さなかった。薄く焼いた月麦の皮を温め直し、炙った鶏肉と刻んだ青菜をのせる。白い豆のとろみで具をまとめ、両端を折り、油を通さない紙で半分だけ包んだ。手で押しても汁が逃げない角度を、何十回も試した品だ。
「《月包み》だ。籠手で挟め」
「握力の加減ができん。潰すぞ」
「潰れても、こぼれないように作った」
フェネクは疑いながら、二つの鉄の掌で月包みを挟んだ。皮は少し平たくなったが破れず、具は一滴も落ちない。面頬の隙間へ運ぶと、焼けた麦の香りが立った。
噛めば鶏の脂を豆が受け止め、青菜の苦みが眠気を切る。片手で扱えぬぶん、両の籠手で大事そうに抱える姿は、戦場の近衛兵より腹をすかせた少年に近かった。
一口、二口。冷えていた膝の震えが止まる。三口目には、壁にもたれていた背が離れた。
「音も匂いも残りにくいな」
「見張りと伝令向けです。歩きながらでも食べられる」
食べ終えるまで、床に落ちたものは紙片一つなかった。フェネクは試すようにその場で駆け足をし、鎧を鳴らしてうなずいた。
「これなら水路でも速度を落とさず食える」
彼は腰袋を逆さにした。銅貨の山が台に鳴る。
「同じものを八つ。夜明けまでに包めるか」
「誰が取りに?」
「任務を終えた俺だ。部下を空腹のまま走らせたくない」
黒い籠手で扉を押す。外の闇へ戻る背中は、来たときより速かった。
オズマが布の下の月麦をすべて取り出すと、まだ遠い城壁のほうで、追跡呪具の鎖が砕ける乾いた音がした。まもなく店の前を、一人分ではない足音が近づいてきた。