鏡竜に背を向けて
「鏡竜ソロは無理。反射を受ける盾役が要る」
「攻撃した本人に百%返るんだぞ」
「御影千景、今日は保険入ってる?」
御影千景は答えず、鏡竜の間に落ちていた銀の手鏡を拾った。
壁も床も天井も磨かれた水晶で、中央の竜だけが黒い。千景の配信には、剣士が背を向けるというだけで低評価が増えていく表示まで映っていた。彼女はそれも閉じず、竜の呼吸の間隔だけを数える。怖くないわけではない。背中を向けた途端、肩甲骨の間が冷えた。それでも配信の心拍表示だけを非表示にし、踵を鏡の縁へ合わせた。
攻撃を受けた瞬間、鱗が威力も属性もそのまま攻撃者へ返す。過去の討伐映像では、剣士の斬撃で剣士が裂け、魔導士の炎で魔導士が燃えた。
その手鏡は宝物ではない。撤退した攻略隊が置き去りにした化粧道具で、縁には持ち主の名が薄く刻まれていた。千景は昨日の下見配信でそれを見つけ、割れ方と光の反射角だけを何度も測っていた。
千景は手鏡を足元へ置き、竜に背を向けた。
「帰る気か?」
「いや、鏡を立てた。角度三十度くらい」
「竜の喉、息を吐く時だけ反射鱗が開くんだよな」
背中に熱が集まった。
黒い竜が口を開き、白い光が一点へ凝縮する。千景は剣にも盾にも触れない。画面の警告が振り切れ、コメントが一瞬途絶えた。
竜の光線が放たれる直前、千景は踵で手鏡の縁を一度だけ蹴った。
鏡は薄い月のように跳ね上がった。
光線を受け、正確に折り返す。鱗ではない。開ききった竜自身の喉へ、竜自身の攻撃が突き刺さった。
爆音のあと、水晶の部屋を満たしたのは、細かな破片が降る音だった。
千景は振り返る。黒い巨体は胸から内側へ崩れ、最後に喉の核だけがぱきんと割れた。
「攻撃者は鏡だから反射先なし!」
「しかもボスのブレスはボス自身の耐性を貫通する設定」
「今、検証班がフレーム計測した。蹴ったの一回だけだ」
「剣、最後まで抜いてない……」
千景は割れなかった手鏡を拾い、埃を袖で拭った。
その瞬間、急上昇していた切り抜き動画の題名が自動更新された。
【剣士が一度も剣を抜かず、鏡竜を自殺させた瞬間】