閉じなかった踏切
二十年前に消えた小学一年生の足取りは、踏切の手前で途切れていた。
地域課の生方理久は、再現検証のため、廃線になった線路脇に立っていた。向かいには、当時最初に現場へ来た巡査で、いまは生活安全課長の沢渡啓吾がいる。検証は十分だけ。古い目撃証言の矛盾を確認し、報告書には「新事実なし」と書くよう命じられていた。
「遮断機は下りていた。だから子どもは向こうへ渡れなかった」
沢渡は二十年前と同じ説明をした。
理久は錆びた制御箱を開けた。保存されていた保守図面では、当時この踏切は列車通過の四十秒前に閉じる。だが通報記録の時刻と最終列車の運行表を重ねると、少女が見られた時刻には、まだ遮断機は上がっていた。
「あなたの無線報告だけが、列車時刻を三分早く書いています」
「時計の誤差だ」
「この無線機は本部同期です」
理久が差し出した複写には、沢渡の声で「遮断中、横断不能」とある。その一分後、沢渡の私有車が線路の向こう側の防犯カメラに映っていた。少女を捜すため、と当時は説明された。だが踏切が閉じていたなら、車で渡れない。
沢渡は線路を見たまま、静かに言った。
「見つけたんだ。あの子を。泣いていた。家へ帰りたくないと言った」
「それで?」
「保護先へ連れていく途中で逃げた。事故になった。俺一人の判断じゃない。署は誘拐事件にしたほうが街を守れると言った」
線路沿いの風が、色褪せた供花の包装を鳴らした。
「遺体はどこです」
「知れば、お前も戻れない」
沢渡は理久の胸元の録音機を見た。
「その再現検証は正式命令じゃない。提出すれば、お前は服務違反だ。俺を切るだけじゃ済まない。当時の署長、県議、児相まで全部だ」
理久の端末には、検証中止を命じる上司からの着信が三件並んでいた。画面の下には、位置情報付きの現場記録を本部サーバへ確定するボタンがある。確定すれば削除できない。
沢渡が一歩近づいた。
「お前は警察官でいたいんだろう」
理久は踏切のレールに端末を置き、沢渡と古い制御箱が同時に映る角度へカメラを向けた。そして記録名を「閉じなかった踏切」と打ち込み、確定を押した。