閏日の放送室
死んだ生徒は、毎晩零時に放送室から私を呼んだ。
最初の夜、校内時計は二月二十九日を示していた。今日は二月二十八日のはずで、しかも今年は閏年ではない。誰かの悪戯だと思って電源を抜いたが、日付は変わらなかった。
零時ちょうど、古いスピーカーが鳴った。
『先生、聞こえますか』
声は担任している女子生徒のものだった。けれど彼女は、三日前に屋上から落ちて死んだ。スピーカーの配線は半年前に撤去され、放送室の鍵は封印袋に入ったままだった。それでも声だけは、教室ごとに近づいてきた。机にはまだ花が置かれ、警察は事故として処理しようとしている。
「誰に落とされた?」
『見えませんでした。でも、赤い傘がありました』
放送卓のテープリールが、巻き戻す方向へゆっくり回った。声の後ろでは、今は使われていない旧校歌が流れている。
『先生、明日は赤い傘を持ってこないで』
「どういう意味だ」
『持ってくるからです』
答えになっていない。私は職員室へ戻り、彼女の作文や交友関係を調べた。いじめの記録はなく、屋上の鍵を借りた者もいない。ただ、彼女の日記の最後のページには、私の筆跡によく似た字で「零時に先生へ話す」とあった。
二晩目、彼女は屋上の排水溝に銀色のボタンが落ちていると言った。探すと本当に見つかった。三晩目には、階段の防犯カメラが十一時五十八分だけ止まると教えた。まだ起きていないはずの時刻を、彼女は過去形で語った。
「君は、いつから話している?」
『落ちたあとです』
「今日は何日だ」
長い雑音のあと、彼女は年月日を答えた。私がいる夜の、ちょうど一日先だった。
翌朝、私は赤い傘を持って教室へ入った。昨夜まで雨の予報だったからだ。窓際の席で、あの生徒が友人と笑っていた。机に花はなく、屋上事故の記事もまだ存在しない。
彼女は私の傘を見て、急に黙った。
「先生、その傘、今夜は屋上へ持っていかないで」
彼女の鞄には、排水溝で拾ったものと同じ銀色のボタンが、まだ外れずについていた。
死んだ生徒は、まだ私の前で生きていた。零時の放送は、明日の死者から届いていた。