閲覧者は一人
由紗は毎朝、プロトタイプを紙に印刷して机へ並べる。
「画面で見ればいいのに」と言うと、「共有権限がまた消えていたので」と答えた。語尾に棘がある。私は彼女のスマートフォンを裏返し、会議中に余計な通知を見ないよう注意した。
アプリ制作チームで、由紗はまだ二年目だった。発想は悪くないが、完成させる力がない。私は彼女の途中案を引き取り、導線を整え、色を選び、上司に通る言葉へ翻訳してきた。本人も助かっているはずだった。
前の案件では、由紗の名前を提出資料から外した。「質問に詰まれば評価が下がるから」と説明すると、彼女は黙ってうなずいた。私はその沈黙まで、信頼だと受け取っていた。
新しい家計簿アプリの発表前夜、私は由紗のデータを開き、三画面を直した。支出登録のボタンを中央へ。警告文を短く。退会導線を設定画面の奥へ。翌朝、作成者を私に変えて保存した。
ところが発表では、由紗が先に立った。
「この設計は、私が担当しました」
息が止まった。私の修正を使っておいて、よく言える。
「最後に仕上げたのは私です」
「どこを?」
「全部見れば分かるでしょう」
由紗は投影画面を切り替え、版管理の履歴を出した。そこには、彼女が二週間前に作った三画面と、私が昨夜触った時刻が並んでいた。形は同じなのに、内部の識別番号だけが違う。
「これは検証用の複製です。本番データの権限を外したら、梨央さんがこちらを自分名義にしました」
「未完成だったから直したの」
「ボタンも警告文も、最初からこの形です」
「退会導線は私が――」
「それは、利用者を逃がさないために隠したんですよね」
上司が眉をひそめた。私は由紗を守るつもりだったと説明した。若手の失敗はチームの失敗になる。先回りして直し、私の名前で責任を引き受けただけだ。
由紗は紙の束を一枚ずつめくった。日付、署名、画面番号。印刷物は、私が権限を消す前の記録だった。
会議後、私は彼女に「罠を仕掛けるなんて卑怯」と送った。既読はつかなかった。
私が自信たっぷりに褒めた三つの改善点だけが、最初から罠の画面だった。