隣の席は近すぎる
好きな人の隣を引いたとき、僕は喜ばないように全力を使った。
くじを開いた瞬間に握りつぶし、平然と机を運ぶ。けれど友達が後ろから「顔、赤いぞ」と言ったせいで、全部台無しになった。
彼女はもう新しい席に座っていた。
「そんなに窓際がよかった?」
「え、あ、まあ」
僕の席は廊下側だった。窓は遠い。彼女は首をかしげたが、それ以上聞かなかった。
隣になれば自然に話せると思っていた。実際は逆だった。近すぎて、何を話せばいいか分からない。ノートをめくる音、シャープペンシルを押す回数、制服からかすかにする石けんの匂いまで分かるのに、肝心の声をかけられない。
一日目は「教科書、何ページ?」だけ。
二日目は「消しゴム落ちたよ」。
三日目、彼女が僕の机との間に定規を置いた。
「ここ、国境」
「何の?」
「そっちの消しゴムのかすが侵略してくる」
僕は慌てて机を払った。彼女は笑った。
その日から、国境をめぐる小さな戦争が始まった。僕が定規を一ミリ押すと、彼女が二ミリ返す。教科書が越境すれば没収。昼休みに飴を一つ置けば、通行税として鉛筆を削ってくれる。
話題など考えなくても、毎日何かが起きた。
席替えから二週間後、先生が「机の列が曲がっている」と言った。原因は僕らの国境だった。放課後、二人で机をそろえるよう命じられた。
「近すぎた?」
彼女が定規を持ち上げて聞いた。
「何が」
「席。最初からずっと緊張してるでしょ」
否定しようとして、喉が鳴った。
彼女は机の脚を床の線に合わせた。それから、定規を筆箱へしまった。
「国境、廃止する?」
僕は隣の机との隙間を見た。三センチほど。手を伸ばせば届く距離だった。
「停戦だけで」
「じゃあ条件は?」
「次の席替えでも、話しかけていいこと」
彼女は机をほんの少しこちらへ寄せた。
「それ、条件にしなくてもいいよ」
翌月、僕らは教室の端と端に離れた。けれど休み時間になると、彼女は定規を持って僕の席へ来た。
「通行税、払いに来た」
隣の席は近すぎた。でも、離れたあとも近づける距離を残してくれた。