雨のない凱旋路
王国軍の天候支援官ミレイザは、戦功一覧に一度も名を載せられなかった。
槍で敵を倒さず、火球で城壁を砕かず、行軍の前日に空を眺めて杖を振るだけ。元帥ドラクスは凱旋式の朝、彼女へ追放命令を渡した。
「晴れの日にしか働けぬ魔術師へ、国庫を割く余裕はない」
軍が都を出て半刻後、初めての雨が降った。
小雨だった。兵は笑った。ところが街道はみるみる泥へ変わり、先頭の砲車が車軸まで沈んだ。後続の兵糧車が追突し、積み荷の袋が水たまりへ散る。馬は脚を取られ、隊列は一里も進まぬうちに止まった。
凱旋を見物しに来た沿道の民は、泥にはまった黄金の砲車を黙って見ていた。引き出そうと兵を集めるほど地面は踏み固められ、排水溝まで塞がる。先頭を救うために後列の馬を外した結果、今度は兵糧車が坂を下がり、将軍用の白い天幕を押し潰した。敵のいない街道で、軍は昼営を命じるしかなかった。
「去年も一昨年も、雨の翌日にここを通ったぞ」
ドラクスが怒鳴ると、副官が震える声で答えた。
「ミレイザ殿が、行軍路だけ夜のうちに乾かしておられました。雨を止めていたのではなく、土の水分を脇の畑へ逃がして……」
その畑の先にある干ばつ村で、ミレイザは歓迎されていた。
村長ホルネが見守る前で、彼女は雲を割らず、道から集めた水だけを苗床へ落とした。乾いた土が黒くなり、子どもたちが裸足で走り出す。
「王都では、雨を消せと言われました」
「ここでは、一滴も捨てない人を探していた」
村は彼女に水路監督の席と、収穫の一割を約束した。乾いた井戸しか財産のなかった村が、初めて他領へ野菜を売る契約まで結んだ。ミレイザの術は、晴天を飾るためでなく、降った水を行き先へ届けるために使われた。
そこへ泥まみれの伝令騎が来た。馬の腹まで茶色い。
「元帥閣下より、ただちに復帰せよとの命です。処分は不問、階級も戻すと」
ミレイザは村との契約札を胸元へ留めた。
「王国軍との契約は、追放命令が発効した時点で終了しました」