雨の日のジグソーは開かない
戸隠すずの部屋には、千ピースのジグソーパズルが半年置かれている。
箱には夜の港町が描かれ、買った日の勢いで外側の包装だけ剥がした。それきりだった。
日曜の午後、幼馴染の蒔田志保が紙袋を持って来た。
「雨だから、これやろう」
志保はパズルの箱を指した。
「雨とパズルに因果関係ある?」
「外へ出なくて済む」
「今も出てない」
二人は床へクッションを置き、箱を中央にした。
その前に、と志保が紙袋からシナモンロールを二つ出した。近所の新しいパン屋で買ったらしい。
すずは湯を沸かし、ミルクティーを淹れた。甘いパンの匂いと、雨に濡れた志保の上着の匂いが部屋へ混じった。
「角から探すんだよね」
「たぶん」
「開ける?」
「パン食べてから」
二人は箱を開けないまま、シナモンロールを食べた。
話は先月閉店した文房具屋のことから始まり、小学生の頃に消しゴムを交換したこと、当時流行った香りつきペンの匂いが強すぎたことへ流れた。
「すず、桃の匂いのやつ持ってた」
「志保が勝手に嗅いで、気持ち悪くなったんでしょう」
「筆箱の中が果樹園だった」
ミルクティーが半分になったころ、志保は箱の蓋へ頬杖をついた。
「最近、休日に何したらいいか分からないんだよね」
「今、何もしてないよ」
「そうなんだけど、何かした感じがする」
「パンを食べた」
「実績、シナモンロール一個」
すずは笑った。
雨は窓を細かく叩き続けた。
志保は仕事で部署が変わってから、毎週のように予定を詰めていた。すずは詳しく聞かなかった。ただ、二杯目の紅茶を薄めに淹れ、志保の前へ置いた。
「眠くなるやつ」
「助かる」
二人はソファへ移り、昔見た映画を流した。途中から画面を見ず、登場人物の名前を勝手に変えて遊んだ。
映画が終わる前に、志保はクッションへ横になった。
「パズル」
「次の雨の日」
「今日より強い雨じゃないと開けないことにしよう」
「台風まで無理だね」
夕方、志保が帰るころ、箱は朝と同じ姿で床にあった。
けれど包装の上には、パンの砂糖が一粒、きらりと残っていた。
すずは掃除せず、箱を壁際へ戻した。部屋には紅茶とシナモンの甘い香り、ソファには誰かが昼寝した温度が残る。
何も完成しなかった休日は、そのままの形で十分だった。