雨樋を満たした青い群れ

「魔力ゼロ。薬瓶を洗う水にも劣るわ」

薬師長ベラドナは、鑑定瓶の透明なままの液体を日に透かし、羽鳥澪へ吐き捨てた。

召喚から三時間。勇者候補たちは火や光の適性を与えられ、澪だけが王立薬房の雑用係に回された。元の世界で化学分析をしていたと言っても、魔法こそ価値だという薬師たちは聞く耳を持たない。

外で雨が強くなった。

いや、雨ではなかった。

青いスライムが屋根を覆い、雨樋から滝のように流れ込んできたのだ。下水で増えた低級種だが、薬品を取り込めば毒性が変わる。棚から落ちた麻痺薬を吸った個体が紫に染まり、床一面の群れへ混ざった。

薬師たちは火炎瓶を投げようとした。棚の向こうでは見習いの少女が倒れ、青い粘液が靴先まで迫っている。

「やめて。蒸気になれば、街区全体が麻痺します」

澪の制止を、ベラドナは鼻で笑った。だが次の瞬間、天井を突き破って巨大な塊が落ちた。スライムの群れに寄生していた毒沼バジリスクの幼体。低級魔物を餌に育った、討伐隊級の災害だった。

澪は作業台の銀盆を床へ置いた。

「混ざっているなら、分ければいい」

彼女は一度だけ《完全分離》を発動した。

薬房を満たした青が、空中で静止する。

水、粘液、麻痺成分、毒、魔核。すべてが目に見えない境目に従って分かれ、透明な水は雨となって盆へ落ちた。薬成分は色別の結晶になって瓶へ収まり、何百もの魔核は青い珠の列となって机に並ぶ。バジリスクの毒も血も骨も例外ではなく、最後には拳大の黒い核だけが残り、乾いた音を立てて割れた。

王立薬房の純度計が一斉に振り切れ、金属針を弾き飛ばした。

その音を聞いて、奥の研究室から大錬金術師オルディスが現れた。百年座ったまま弟子を試すと言われる老人が、澪の前で杖をつき、ゆっくり立ち上がる。

「今の水は、神殿の聖水より不純物が少ない」

ベラドナの手から鑑定瓶が滑った。

澪が拾い上げるより早く、薬師たちは彼女のために作業台を空け始めた。雑用係の桶ではなく、薬房の中央にある、薬師長だけが使う白銀の席を。