雨粒三つの持ち手

朝八時、シェアハウスの玄関で、笠原未映の透明傘が黄色い傘に取り替わっていた。

未映の傘には、持ち手に青い雨粒のシールが三つある。転職試験に落ちた帰り、土砂降りの中で買ったものだ。三度失敗しても歩いて帰れた、という自分だけの縁起物だった。

家にいたのは、同居人の柚木佐和と大神田颯真。それから朝、食材を届けに来た田所亜弥だけだ。

颯真は公務員試験へ出たはずで、佐和は二階で在宅勤務中。亜弥は玄関先に箱を置いただけだという。

黄色い傘は乾いていた。雨は七時半から降っている。たたきには細い自転車のタイヤ跡があり、傘の留め紐には受験票の角のような厚い紙が一片挟まっていた。未映が階段を上がると、佐和の部屋は空だった。机の上には、颯真の受験票をコピーした紙と、黄色い傘のカバーだけがある。

十分後、佐和が息を切らして戻ってきた。髪も袖も濡れているのに、手にした未映の傘だけはきちんと畳まれていた。

「颯真、受験票を忘れたの」

「電話すればよかったでしょう」

「戻るって言うから。あの人、忘れ物をすると全部駄目になった顔をするし」

佐和は自転車で駅まで追い、改札の外から受験票を渡した。黄色い傘は自転車では差せない。未映の透明傘なら、前かごに固定できる。だから取り替えたのだという。

「起こしたら、止めると思った」

昨夜遅くまで働いた未映は、確かに止めただろう。自分の大切な傘を勝手に使うな、と言ったかもしれない。

佐和は持ち手の青い雨粒を指で拭いた。

「これ、試験に落ちた日の傘だって知ってた。だから逆に、颯真を会場まで連れていってくれる気がした」

スマートフォンが鳴った。颯真から、試験会場の時計を写した写真が届く。

〈間に合った。二人とも、帰ったら怒ってください〉

未映は玄関の椅子へ座り、朝食に残していたトーストを一口かじった。冷めていたが、バターの塩気は残っている。

「その傘、今日は貸したことにします」

佐和が笑った。持ち手の雨粒は、三つともまだ剥がれていなかった。