雫一つで空城を降ろす

「水を一滴だけ蒸発させる? 晴れの日なら誰でもできる」

飛空術院の試験で、ニスカは無能と判定された。

【魔法:《一滴蒸し》――視界内の液体一つから、一日に一度だけ一滴を蒸発させる】

毒を濃くするにも、洪水を止めるにも足りない。ニスカは飛空港の窓拭きへ回された。

彼女が磨く底窓の向こうでは、整備士が銀水槽の目盛りを毎朝確認した。一滴の差さえ事故になると叱られる彼らを見て、ニスカだけは自分の魔法を笑えなくなった。

翌朝、敵国の浮遊城が雲を割った。

巨大な城は王都上空で静止し、下面の砲門を開く。空城伯ヴォルダンの艦隊が矢と雷を浴びせても、城を包む鏡膜がすべて地上へ返した。避難する群衆の上で、砲口が白く膨らんでいく。

ニスカは、飛空港に残された敵国製の模型を思い出した。

浮遊城は中央炉だけで飛ぶのではない。左右の銀水槽を一滴の差もなく釣り合わせ、姿勢を保つ。差が生まれれば、砲撃より先に安全着陸する仕組みだ。整備士は笑った。実物の水槽は城内、透明な底窓の向こうにあり、誰の手も届かない。

「手は届かなくても、見えています」

ニスカは観測塔へ駆け上がった。

浮遊城が真上へ来た瞬間、底窓の奥で二つの銀水面が光った。どちらも鏡のように平らだ。大魔法なら鏡膜に反射される。だが彼女の魔法は攻撃を飛ばさない。ただ見えている液体を一滴減らす。

右の銀水槽へ《一滴蒸し》

水面には、目でも分からないほどの差しか生まれなかった。

それでも浮遊城は傾いた。姿勢計が異常を告げ、砲門が閉じる。安全術式が攻撃命令を上書きし、城は王都を離れて郊外の着陸原へゆっくり降下した。

待ち構えたヴォルダンの艦隊が鏡膜の消えた城を包囲する。敵兵は砲撃する暇もなく、白旗を上げた。

試験官は「たかが一滴」と呟いた。

空城伯は模型の銀水槽を机から取り、男の前へ置いた。

「空にある物ほど、釣り合いへ臆病になる」

ヴォルダンは飛空軍の青鍵をニスカへ差し出す。

「今日から、我が艦隊が見落とした一滴を探す席は、おまえのものだ」