零時四十分の短点三つ

【昭和三十六年六月十四日 零時四十分】

御崎無線所にて、廃止回線から短点三、長点三、短点三を受信。

冨士谷久恵、応答。

発信者は〈青鷗丸通信士・倉又士郎〉と名乗る。

青鷗丸は二十三年前、沖合で消息を絶った船だった。

久恵が年を告げると、受信機は三分間沈黙した。

〈ソウカ ミンナ カエラナカッタカ〉

久恵は混信として処理できず、日誌の欄外へ記録した。

それから毎夜零時四十分、古い真空管が青白く光った。

〈キョウノウミハ〉

〈ナギデス〉

〈ソチラハ〉

〈ズット アラシノマエダ〉

士郎は海の底にいるわけでも、船にいるわけでもないと言った。

最後の通信を送りきれなかった時刻に、ずっと立ち尽くしているらしい。

久恵は町にテレビが来たこと、弟が結婚したこと、岬の松が落雷で半分になったことを打った。

士郎は甲板で見た流星や、船長の下手な歌、帰港したら食べるはずだった餡パンの話を返した。

声も顔も知らない。

それでも久恵は、彼が冗談を打つと短点が少し速くなることを知った。

士郎は、久恵が泣く夜には誤字が増えることを知った。

秋、無線所の自動化が決まり、旧設備は撤去されることになった。

同じ頃、士郎は沈没直前の星の位置と潮流を思い出した。

久恵が海上保安部へ報告すると、海底から青鷗丸の鐘と遺骨が見つかった。

慰霊碑に乗組員の名が刻まれた夜、回線はこれまでになく鮮明になった。

〈コレデ ワタシハ ミツカッタ〉

〈ワタシガ ミツケタノハ アナタデス〉

久恵は迷った末、鍵盤を打った。

〈スキデス〉

返事は長く来なかった。

真空管の光が消えかけたころ、短点が震えた。

〈オソク トドイタ〉

〈ワタシモ アナタノ タタクオトヲ アイシテイタ〉

撤去時刻まで、あと一分だった。

〈コエヲ キキタカッタ〉

久恵が送る。

〈ワタシニハ モウ コエガナイ〉

〈ダカラ サヨナラヲ オトデオクル〉

短点三つ。

長点三つ。

短点三つ。

遭難信号と同じ形だったが、久恵には助けを求める音ではなく、別れを告げる音に聞こえた。

彼女も同じ符号を返した。

受信機は沈黙した。

翌朝、設備は取り外された。

久恵は最後の真空管を記念館へ寄贈し、説明札へ一行だけ加えた。

〈この回線は二十三年遅れて、一人の帰港を受信した〉

誰にも書かなかったことがある。

帰ってきたのは船員の名だけではない。

久恵が一度も聞けなかった恋人の声も、短点と長点のあいだに、確かに帰ってきたのだ。