零点治癒師に三つの徽章
治癒術師エルトが実技試験で取った点は、零点だった。
重傷役の人形に術をかけた瞬間、傷口が黒く染まり、試験官が結界を張る騒ぎになった。原因は人形に仕込まれた古い反転呪いだったが、所属していた白鷺隊は結果だけを見た。
「治せない治癒師を連れて歩く余裕はない」
隊章を返したエルトは、翌日の合同勧誘会にも、荷物を引き取りに来ただけだった。
ところが名を呼んだのは三人いた。
紅槍団の女団長ヴァルカは、自分の胸から赤い徽章を外してエルトの掌に載せた。
「うちでは治癒役にも撤退を決める権限がある。持っていけ」
月祠の神官セドリクは、長椅子の端に置かれた聖典を抱え直し、一人分の場所を空けた。
「反転呪いを最初に見抜いたのは君です。講義では私の隣に」
影渡りの斥候ミュラは、閉会後に出る乗合馬車の切符を二枚振った。
「話が長引いても帰れるよ。私は最後の便までいるから」
三つの勧誘に、会場がざわめく。昨日まで零点と笑われていた者へ、名のある三組が同時に手を差し出したのだ。
エルトは徽章を握れなかった。温かい場所ほど、失ったときの寒さを知っていたからだ。
その直後、見学中の少年が階段から落ちた。
エルトは考えるより先に駆け寄り、腫れた足首へ治癒術を流した。少年は泣きやんだが、床に落ちた呪具の欠片が術に反応し、足首に黒い紋が浮かぶ。
まただ。
「離れてください!」
エルトは自分の失敗だと思い、三人を巻き込まないよう徽章を床へ置いた。
「勧誘はなかったことにしてください。僕は、また誰かを――」
振り向くと、三人とも残っていた。
ヴァルカは少年を抱き上げ、セドリクは黒い紋へ浄化札を重ね、ミュラは床下から呪具を仕掛けた見学者を引きずり出した。
「君の術は正常だ」とセドリクが告げる。
「二度も罠のせいにされただけ」とミュラ。
ヴァルカは拾った徽章を、もう一度エルトの掌へ押し込んだ。
「失敗したと思ったとき、逃げずに患者を守った。それが欲しい」
どの隊へ行くか、エルトはまだ決められなかった。
けれど赤い徽章は手にあり、長椅子の隣は空き、帰りの切符は一枚残されている。
零点の紙しか持たなかった彼に、その夜から帰れる印が三つできた。