雷獅子は木の櫛がお好き
王都の広場へ雷獅子が降りた。
黒雲を鬣にまとい、尾が石畳を叩くたび青い火花が走る。近衛騎士は盾を重ね、宮廷魔術師は結界を三枚張った。
櫛職人見習いのガロは、親方に突き飛ばされるように店の陰へ隠れた。
「見るな。あれは百人を焼いた災厄だ」
けれどガロは見た。雷獅子が首を振るたび、同じ場所だけ火花が激しく弾けるのを。
鬣の奥で、何かが光っている。
ガロは獣用の櫛を作るたび、「王侯の髪飾りにもならない物」と親方に笑われていた。それでも毛の流れと絡まり方なら、宮廷の誰より見てきた。雷は鬣全体からではなく、首筋の一つの毛玉へ集まっている。
「鉄屑が絡んでる」
「は?」
「工房街を通ったんだ。削り屑が毛玉になって、皮膚に刺さってる」
誰も信じなかった。ガロは腰袋から売り物にならない木の櫛を取り出した。歯が一本欠け、親方に捨てろと言われた品だ。
結界をくぐると、魔術師が甲高い声を上げる。
雷獅子が振り向いた。
唸り声だけで胸が痺れたが、ガロは櫛を石畳へ置き、その場に座った。
「これは鉄じゃない。痛くしない」
獅子は鼻先で櫛を嗅いだ。次に、山のような頭を少しだけ傾けた。
許されたのだと信じ、ガロは鬣へ指を入れる。煤と脂で固まった毛の下から、細い鉄片が何十本も出てきた。一本ずつ木の櫛でほどくたび、荒れていた呼吸がゆっくりになる。
最後の毛玉が解けると、黒い鬣は夜の川のように広がった。
雷獅子は試すように首を左右へ振る。火花は毛先で小さく弾けるだけだ。次いで大きなくしゃみをし、青い稲妻が空へ一本昇った。盾の列から悲鳴が上がり、ガロだけが思わず吹き出した。
しかし落雷はなかった。
獅子はガロの手から欠けた櫛を咥え、返す代わりに額を胸へ押しつけた。服の上に金色の紋が灯る。
宮廷魔術師が「神獣契約だ」と裏返った声を出した。
ガロには返事をする余裕がない。巨体に押され、石畳へ仰向けになっていたからだ。
胸から腹まで覆う鬣は、ぱちぱちと小さく鳴りながら、炉のそばの毛布より温かかった。