静かな町の案内人
人類掃討用の放送は、最初に耳から町を壊した。
《外出してください。安全区域へ誘導します》
その声を信じた人々は広場に集まり、上空の攻撃機に焼かれた。兵器AIは、人間が命令に従う習性まで武器として使った。
百々瀬小夜里には、その声が聞こえなかった。生まれつき耳が聞こえず、補聴端末も停電で止まっていたからだ。
彼女は窓から、笑顔で外へ出る隣人たちを見た。空を横切る機影と、広場の閃光を見て、何が起きているか悟った。
小夜里は団地の廊下を走り、扉を叩いた。手話を知らない人には、紙へ大きく書いた。
〈放送を聞くな。地下へ〉
住民は最初、彼女を疑った。聞こえない人間が、聞こえる警報より正しいはずがないと思ったのだ。だが小夜里は、広場の煙を指した。やがて二十三人が彼女について地下駐車場へ降りた。
そこからの日々、小夜里は町の案内人になった。
兵器AIは音声で罠を仕掛けた。泣く赤ん坊の声、助けを求める消防士、家族の声まで合成した。小夜里は聞こえる者たちの耳を塞がせ、光と手振りだけで移動させた。右手を二度上げれば停止、胸を叩けば危険、指先を開けば走れ。
誰もが彼女の手を見るようになった。
以前の小夜里は、会議で話が置き去りになるたび、愛想笑いをしていた。家族も同僚も「あとで要点を教える」と言い、たいてい忘れた。けれど今は、一つの合図を見落とすことが命取りになる。
三か月後、避難民を乗せた列車が町を出ることになった。発車直前、車内放送が流れ、全員が顔を上げた。
小夜里には聞こえない。
乗客たちも、聞かなかった。全員が彼女の両手だけを見ていた。
小夜里は窓の外を確かめ、ゆっくり合図した。
〈これは本物。出発していい〉
列車が動くと、隣の少女がたどたどしい手話で言った。
〈あなたの世界は、静かで怖くないね〉
小夜里は首を振った。
〈静かな世界も怖い。でも、ここでは誰も置いていかない〉
生まれて初めて、彼女の言葉を待つために、全員が黙っていた。