靴箱臨時交通整理
町民体育館の健康体操教室が終わると、玄関で渋滞が起きた。
参加者四十人の靴が、靴箱の前へ雪崩れている。黒い運動靴、茶色い革靴、似たような白いスニーカー。誰かが一足を引くたび、三足が倒れた。
「私の靴が片方ない!」
「それ、私のです」
「左右でメーカーが違うぞ」
「新しい健康法では?」
受付を手伝っていた高校生の荒籾一颯は、床へしゃがんだ。
「動かないでください。靴の交通整理をします」
まず杖の人の靴を出口近くへ。次に腰を曲げにくい人の靴を上段へ。夫婦で来た人の靴は隣同士。名前のない靴は、色と形で列を作った。
「黒い靴、多すぎません?」
「年を取ると、足元だけ冠婚葬祭なんだよ」
一颯がぼやくと、参加者たちも笑いながら手伝い始めた。
「二十四センチ、幅広、持ち主募集!」
「右だけ灰色の靴下が目印です!」
「靴下を公開情報にしないで!」
途中、同じ型の靴を二人が同時に履こうとして、片方ずつ足を入れたまま睨み合った。中敷きに書かれた孫の落書きが決め手となり、無事それぞれの持ち主へ戻った。
十分後、玄関には即席の整列ができた。
最後まで残ったのは、古い男性用スニーカーだった。持ち主は、教室の隅でいつも一人だった望月という老人。妻を亡くしてから外出を避け、今日が半年ぶりの参加だったらしい。
一颯は靴を出口へ向け、履き口を広げて置いた。
望月は足を入れながら言った。
「帰りやすくされると、次も来やすいな」
翌週、望月は開始一時間前に現れた。手には色札と洗濯ばさみがある。
「今日は靴へ番号をつける。交通整理の助手だ」
教室が終わるころ、靴は最初からきれいに並んでいた。望月は一颯のスニーカーまで出口へ向けておいた。
「スタッフも帰るだろう」
一颯は笑った。
それから体育館の玄関には、手書きの札が置かれている。
〈靴は自由席です。ただし、お帰りの向きへ〉
体操でどれほど健康になったかは分からない。
けれど靴を一足そろえるたび、来週また来る人の場所が一つずつ増えていった。