音声ガイド十八番
白瀬郁人が地方美術館の特別展へ入ったとき、受付の女は言った。
「展示は十七点です。端末に十八番が出ても、再生しないでください。故障ですから」
展示名は『退出者』。
作者不詳の油彩画が、薄暗い部屋に一枚ずつ並んでいた。
一番の絵には、古い展示室に立つ和服の女。
二番には、学生服の少年。
三番には、乳母車を押す男。
時代も服装も違うのに、全員が同じ場所――次の絵が掛かるはずの壁を見つめていた。作品名は人名と日付だった。入口の年表によれば、その名の人々はいずれも来館後に行方不明になっている。
音声ガイドは淡々と説明した。
『作者は、鑑賞者が作品を見る姿こそ完成された肖像であると考えました』
番号が進むほど、描かれた人物の服装は現代に近づいた。
十六番には、数年前に流行した青いコートの男がいた。顔は横向きだが、額縁の外を気にしているように見える。
十七番は、その男が空のキャンバスの前に立つ絵だった。
郁人が近づくと、絵の中の男がこちらを向いた。
錯覚ではない。口元が動き、「来るな」と言った。
足元には、鑑賞位置を示す白い四角があった。郁人はいつの間にか、その中央に立っていた。
端末が震えた。
〈十八番を自動再生します〉
停止ボタンは反応しない。
『作品名《交代》』
背後で、十七番の額縁が軋んだ。
『本作では、肖像のモデル一名と鑑賞者一名を交換します。絵具が定着するまで、その場を動かないでください』
郁人の正面には、展示されていなかった真っ白なキャンバスがあった。
表面に黒い線が走り、郁人の靴、脚、胴体を下から描き始める。
十七番を見ると、青いコートの男が消えていた。
描かれていた空のキャンバスだけが残っている。
郁人のすぐ後ろで、長く息を吸う音がした。
何年も閉じ込められていた人間が、初めて外の空気を吸うような音だった。
『振り返ると二重写しになります。正面を向いてください』
肩へ手が置かれた。
青い袖が見えた。
翌朝、特別展の目録は十八点に増えていた。
最後の作品には、白い四角の上で助けを求める郁人が描かれている。
受付には青いコートの男が座り、新しい客へ端末を渡していた。
「展示は十八点です。十九番が出ても、再生しないでください」